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焦り・2
〈松原様より八百万のコールを頂きました〉
初めに入札した男――飯塚仁志が、むくれたように首を横へ振る。
〈おめでとうございます。松原様、八百万円にてハヤトの落札が決定致しました〉
ハヤトの支配権を手に入れた松原物産の取締役が、周囲の拍手を受け照れたように頭をかいて赤面している。
理人は腕組みをしてステージを睨み付けたまま、内心では小さく安堵の息を吐いていた。
〈それでは二人目のゲストをご紹介致します〉
絶望の表情で袖へ戻って行くハヤトと入れ替わるようにして、別の青年がステージ中央へ進み出た。客席から歓声があがる。その青年は始めから何も身に着けておらず、首輪もされていない。文字通り一糸まとわぬ姿で現れたのだ。
〈アキラ二十一歳、Bクラス、従順に仕上がっておりますので、初めての方には非常にお勧めでございます〉
アキラという名の青年は頬を赤く染め、熱っぽい視線で観客にアピールしている。黒服が後から用意した椅子に座ると客席に向けて脚を開いて見せ、その場で自身のそれを握り自慰を始めた。
生まれつきの淫乱、放っておくと勝手に自慰をする、どんな命令にも忠実に従う――スピーカーから説明が流れる中、アキラは股を開いて屹立したペニスとアヌスを同時に慰めている。観客達は皆静まり返り、その目は彼に釘付けとなっていた。理人は舌打ちしたが、隣に立った尚政はゴクリと唾を飲んでいる。
アキラがそんな真似をしているのは、恐らく自分を守るためだ。従順であることをアピールし、手のかからない「良い子」だと思わせるためだ。そうすれば異常な嗜好の持ち主からは「つまらない、躾け甲斐が無い」と思われるし、始めから「良い子」を求めている者ならばきっと自分を気に入って大事に扱ってもらえる。これはきっとアキラの賭けだ。――理人の胸が、締め付けられるように苦しくなる。
アキラの競りが始まった瞬間、男達の熱気が勢いよくフロア中に広がって行った。ぐんぐんと伸びて行く金額。あっという間に一千万を越え、これにはステージ上のアキラも困惑している様子だった。
〈一千五百――一千七百!〉
ハヤトの落札額の倍に手が届きそうになったところで、壁際中央のテーブルについていた初老の男が「一千九百」と手を挙げた。数秒の沈黙。終了のアナウンスが流れ、アキラは一晩、この男の物となった。
その後も目を覆いたくなるような衣装の青年や、猿轡をされた青年などがステージに立たされ、理人にとって吐き気を催すほどの悪趣味な宴が続いた。次々と落札されて行く青年達。最終的な落札額も徐々に高くなり、始めに悠吾から説明を受けた相場などもはやスタートの金額にもなっていない。
ここに煌夜がいなくて良かったと理人は心底から思っていた。今の時間、煌夜は車の手配をしに國安とクラブの外で合流しているはずだ。
今の所この「余興」は、理人にとって全てが計画通りに進んでいた。それぞれの青年を落札した男達は、既に理人の仲間、いや、手下なのだ。SM店のダリアから紹介された一人の客を皮切りに、次々と芋づる式に引き抜いてやった。飴 と鞭 を使い分け、馴染みの情報屋から入手したリストで対象の弱みを握り、國安の強面な弟分達を借りて、どうにか自分達側へと引き込んだのだ。
何が何でも競り落とせ。お前は一人目、お前は二人目を、というふうに。ステージ上では多少の無理をさせてしまったが、結果、これまで落札された青年達は全員、この後の身の安全が約束されている。
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