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焦り・3
そして――
「皆様、大変お待たせ致しました。当イベント専属調教係、イーゲルにございます」
「ウェルターだ」
艶々と黒く光る革のSM衣装に身を包んだ二人が、ステージ上で客席に挨拶をする。イーゲルと名乗った細身の男は首にリードを付けられていて、その先の輪っか部分をウェルターと名乗った屈強な男が握っていた。まるでダリアの店にいたSMカップルのようだ。イーゲルがおどけて冗談を飛ばすと、ウェルターがそのリードを強く引く。一風変わった漫才のようにも見えるが――理人はいよいよかと腕組みを解いた。
最後の十人目。出てくるのはリオだ。間違いない。九人目の青年に三千万近くの値が付いたとなると、リオはその三倍は行くだろうか。リオに限っては理人が自腹を切ることになっている。悠吾から送られてきた契約書に、『メイン商品のみ従業員も参加可』とあったのだ。
恐らくこの日一番の盛り上がりを魅せると同時に、リオに出来るだけ高い値をつけるためだろう。ただの余興でこれほどの金を動かせるという、柳田悠吾の見栄のようなものも背景に透けていた。それならば他の客が入る余地もないほどに釣り上げるだけ釣り上げろと、理人の両隣に立つ龍司と尚政にも予め言ってある。
「皆様、えー、大変言いにくいのですが、一つ残念なお知らせがございます」
ステージの上でイーゲルが頭を下げ、泣き真似をしながら言った。
「なんと本日の目玉商品だった皆様好みの激カワボーイが、体調不良でお休みとなってしまいました!」
えっ。
会場がどよめく中、理人は目を見開いてステージ上を見つめた。体調不良。リオが出てこない――?
「でも。でもでも――でも、どうかご安心下さい。予定していた目玉商品より、もっともっと素敵な代替品を運良く手に入れることができました!」
理人の心臓が高鳴る。破れそうなほどの猛スピードで脈を打つ。隣の龍司は顔面蒼白で唖然としていた。ステージの袖で悠吾が笑ったように見えたのは気のせいか。
「それでは刮目なさいませ! 超特別ゲストの『コウヤ』くんです!」
イーゲルが高々と手を上げて言い放ったのと、理人がその場からステージ目指して床を蹴ったのと、……ほぼ同時だった。だが理人の体は突然現れたグループの数人の黒服により押さえ付けられ、羽交い絞めにされ、後ろの壁まで力づくで押し戻されてしまう。
ステージに現れた煌夜はX字型の拘束台に磔 にされていた。それを目にした瞬間、理人の中の何かが弾け――飛ぶ。
「ざけんじゃねえぞてめえらッ! 何やってんだコラァッ!」
「しゃ、社長っ……!」
黒服に口を塞がれながらも理人はステージに向かって手を伸ばし、暴れた。イーゲルとウェルターの目が細くなる。
煌夜は磔の恰好で目を伏せ茫然としている。薬でも打たれたか体に力が入らないようだ。客席は突然の理人の激昂にざわついているが、ステージ上の二人はそれを無視して煌夜の方へ顔を向け、続けた。
「それでは僕達が責任を持ってご説明させて頂きますね」
イーゲルが口元だけで嗤い、両手で煌夜のシャツを引き裂いた。
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