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焦り・4
理人は黒服の手で口を強く塞がれながら、くぐもった叫び声をあげた。龍司と尚政は突然のことに狼狽え、暴れる理人の傍でどうすることも出来ないでいる。
「ご覧下さい。このすっきりとした鎖骨と胸板に綺麗なお腹と細い腰。それから傷一つない真っ白のお肌に、花びらみたいな薄ピンクの乳首と乳輪。勿論、全て天然モノですよ!」
イーゲルの声がピンマイクを通して会場中に響き渡る。理人は乱暴に身をよじって黒服達を振り解こうとするが、流石に数人がかりで押さえ付けられては力だけではどうにもならない。
「顔も文句ねえ、かなりの美人だ。唇と、歯と舌も綺麗だな。さぞかしイイ声で鳴くだろうぜ」
ウェルターが煌夜の顎を捕らえて上を向かせた。
会場からは奇妙な空気を含んだ熱が滲み出始めていた。イーゲルとウェルターが繰り広げる「ショー」に客達は卑猥な笑みを浮かべ、息を飲んでその先を待っている。
「っ、……! う、ぐ……んんっ……」
煌夜の言葉を借りるとしたら、理人だけがこの場で燃えるように赤い「念」を放っていた。体中の血が煮え滾り、脳が沸騰する。浮き上がった血管は今にもはち切れそうなほど脈動し、目の前にちかちかと閃光が走る。
黒服達が一瞬でも力を弛めれば、理人は間違いなくステージ上の二人の息の根を止めに突っ込んで行くだろう。だが、この場に「不相応」の男を退出させず拘束しているのには理由があった。
それは恋人の哀れな姿を見せるためであり、己の無力さを思い知らせるためだ。ステージの袖で嗤う悠吾は「リオが気を失ったまま目を覚まさない」と報告を受けた時から、この瞬間をずっと待っていた。忠犬どころか飼い犬にすらならない、野犬風情の嫉妬と怒りに狂う顔が見られるこの時を、今か今かと待っていたのだ。
「さてそれではお待ちかね。皆様が一番気になってらっしゃる、男の子の大事なところをチェックしてみようと思います」
「っ、はぁっ……!」
黒服の手から顔を背けることができたほんの一瞬、理人は腹の底から咆哮した。
「煌夜あぁぁ――ッ!」
「う、……」
一瞬、煌夜の目が理人を捕らえたが、すぐにまた頭を垂れてしまう。――こんな大勢の醜い欲が渦巻く空気に耐えられるはずがないのだ。煌夜が朦朧としている理由が分かった瞬間、理人の目から涙が溢れた。
白い肌が剥き出しになり、脚を持ち上げられる。煌夜は成す術なく磔にされたまま声をあげることも出来ず、全身に突き刺さる好奇の視線と薄汚れた黒い欲望に翻弄されている。
「二千万!」
競りの合図を待ち切れなくなった客の中の誰かが叫んだ。その言葉に誘引され、フロアの方々から「二千五百!」「二千七百!」「三千万!」と声があがる。
「コウヤくん、人気だね。リオと変えて正解だったかも」
「扱いて勃たせろよイーゲル、もっと額が跳ね上がるぞ」
「反応ないし勃ちそうになくない?」
提示された額を繰り返すでもなく、他人事のように話しながらイーゲルが煌夜のそれを握った。
「三千八百!」
「コウヤくん、ほら。おちんちん扱いてあげるから頑張って勃起させてよ」
「四千!」
「駄目だな。聞こえてない。ウェルター、お尻に挿れてあげたら? 前立腺擦れば無意識でも勃つんじゃないの」
「じゃ、コイツの中でお前とセンズリこき合うとするか」
「素直に二輪差しって言ってよ、お下品」
「五千五百!」
「ウェルター、先に挿れてお尻解してよ。僕いま凄っげえ興奮してるから、挿れた瞬間イッちゃいそうだし――」
「一億だッ! クソ野郎共、煌夜に触んじゃねえッ!」
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