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焦り・7
「何だお前らっ!」
「ここは立入禁止だぞ、失せろっ!」
黒服達が慌てて「彼ら」に駆け寄り恫喝するが、異常なテンションの中で頬を上気させ、ぎらついた目を蕩けさせた彼らには全くもって通じない。
「だって、今日は『ブレイコー』なんでしょ」
「そうだよ、『カイキン』だって聞いたよ」
「ていうかここ、何? 下と全然違うんですけど!」
男も女も。数え切れないほど大勢の若者達がそこにいた。VIPフロアの入り口は彼らで埋め尽くされ、階段の下まで列ができている。理人も一瞬動揺したがすぐにこの事態を理解した。――彼らは、一階にいた一般客だ。
突如沸いて出た若者の集団から客と悠吾を守るため、理人を拘束していた黒服達もまた素早い動作で入口の方へと移動した。
解放された理人は唇を噛みしめて立ち上がり、天井の監視カメラに向かって高く拳を突き上げて見せる。と、それを合図とするかのようにスピーカーから龍司の声が流れ始めた。
〈すいません社長。咄嗟のことだったんで、勝手にやっちゃって。でもまあ今日は大晦日だし。カウントダウンもそろそろだし。無礼講ってことで、三階のVIPも解禁ってことで。――モエシャンもクリュッグもヴーヴもドリンクはオールフリーだ、CLUB CosmicTune2018ラストナイトてめえら最後まで盛り上がって行くぞオオォォッ!〉
鼓膜が裂けるかと思うほどの爆音。歓声。獣のような咆哮、甲高い悲鳴にも似た雄叫び。我先にとなだれ込んで来た若者達に、慌てて席を離れるVIPの面々。シャンパンをボトルごと呷る男達に、VIP客のネクタイを引いて無理矢理躍らせる女子達。あちこちでカツラが飛び交い、笑い声とグラスのかち合う音とが響き渡る。これはこれで地獄絵図だ。
「うぇ、僕このノリ嫌い。悠吾様どうします?」
「……クソが、ふざけた真似しやがって」
「非常事態ですね、悠吾様」
流石に今の煌夜の姿を見られるのはまずいと思ったか、ウェルターが煌夜の体にシャツを羽織らせる。
「もういいや。面倒臭いし逃げちゃお、ウェルター」
「……だな」
「てめえら、……!」
「ごめんなさい悠吾様。僕ら、所詮は雇われなんで。あ、でも今回の報酬はちゃんと振り込んどいて下さいね」
「じゃあ、そういうことで」
ウェルターが煌夜の体を悠吾に突き出すと、自由になったウェルターの腕の中に今度はイーゲルが飛び込んだ。
「サイナラ~」
イーゲルを横抱きにしたウェルターがステージを飛び下り、好き勝手に騒ぎ踊る若者達の中を俊敏な動きで走り抜けて行った。理人はそれを横目で見遣り、天井を仰いで小さく息をつく。
「………」
そうして顔を引き締めて笑い、ステージに向かって全力で駆け出した。
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