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4.秋の終わりとふたりのはじまり2

 いつも自分で遊ぶ岸田は、真面目に話してみるとすごくいい奴だった。彼は早川の話に軽蔑するどころか嫌な顔ひとつせず、最後は背中を押してくれた。  高校生の一週間は短い。月曜の朝、放課後。何も言えないまま、何もできないまま時が過ぎる。火曜日の放課後。水曜日は雨が降って仕事が無くなった。木曜日の放課後。そして最後、金曜日の放課後を迎える。 「明日から昼飯、一緒に食べようよ」 なんともありきたりな提案だったが、色々考えて、結局自然に誘えそうなのがコレだった。なんで、とか、どうして、とか言われたらどうしようかと思ったが、大原はあっさり了承してくれた。 「いいけど…場所はどうしよう。それぞれの教室だと気不味いだろ」 「ああ、確かに!そっかー…うーん、どうしよ…」  この学校には食堂がないため、生徒たちは基本的にそれぞれの教室で弁当を食べる。部活のミーティングなどが無い限り、学年の違う生徒同士で会うなんてことは無かった。暖かい季節は中庭で弁当を食べる生徒もいたが、これからは冬だ。寒い中外で弁当なんて食べていられない。  うーん、うーんと早川が頭を悩ませているるうちに、最後の花壇の仕事が終わってしまったようだ。大原がホースを片付けて、使った如雨露を洗っていた。この季節の外の水道は、キンキンに冷えた水しか出ない。大原の手は真っ赤で、とても冷たそうだった。両手を摩っているが、冷たい両手同士でいくらやっても効果は薄い。あまりに寒そうで痛そうで、無意識に手が伸びた。  大原の大きな両手の指先を、早川の両手で包んだ。真っ赤な指先は、キンキンに冷え切っていた。自分の手ごと、彼の手を口元に近づけ、はーっと息を吹きかけた。 「…っ、早川」 「なあ、あったかい?」   大原はじっと早川を見ていた。少し驚いていた様子だった。普通はこんなこと、男同士でやるのは嫌がるはずなのに彼は手を払おうとしない。これは大原が優しいからだけでなく、大原も嫌がってないからだと、なぜかこの時は確信が持てた。  きっと大原が早川を見る顔が、幸せそうに見えたからだ。彼は嬉しい時や幸せだと感じた時、眉をハの字にして困ったように笑う。それは彼自身が幸せに慣れていないからだと分かったのは、つい最近だ。 「こっちのほうが、いい」 「…ひっ、つめたっ!!」 「っはは、あったかいなあ」 大原の冷たい指先が、ピタリと早川の首筋に触れた。あまりの冷たさに変な声が出る。また困ったように大原が笑った。大原もきっとこの時間が好きなのだ。この時間の終わりに寂しさを感じているのだ。元気がないわけではなかったが、今日は何だかいつもと違って様子がおかしかった。  首筋にあった指先が頬に移動した。すっと撫でるように、手のひらで触れられる。指先と違って、手のひらは温かい。頬から感じる大原の体温は、どうしてこんなにも安心させてくれるのだろうか。彼は撫でるという動作が好きなようだ。よく頭を撫でられる。早川はそれが嫌いじゃないし、その大きな手が好きだった。無意識に、頬を撫でる彼の手に擦り寄っていた。  他の奴にこんなことされるなんて、想像しただけで嫌なのに、大原とするのは嫌じゃない。むしろ、好きだった。どうしてだろう、と散々悩んだ。散々考えた。 既に早川の中で、答えは出ている。  そして、それが大原も同じだと、彼の表情や態度、溢れる愛情や優しさで、なんとなくわかっていた。 「早川、そういうのやめろって言ったのに…勘違いするだろ」  頬に触れていた手を、大原は引っ込めようとしたが、早川はそれを制した。  離れるな、と思ったら勇気が出た。今日は臆病にならない。  聞こえない振りは、もうしない。 「勘違いじゃ、ないよ」   頬にあった大原の手が後頭部にまわり、力が入った。大原が早川の身長に合わせて少し屈んだ。身長さを見せつけられたようで、少しムッとしたが、今はそれ以上に胸の高鳴りが抑えられない。大原も緊張しているようで、一瞬躊躇ったように見えた。ドキドキと聞こえる胸の音は、一体どちらのものだろう。ここでやめるな、と訴えるように大原の制服の裾をギュッと握り、目を瞑った。大原の空いていたもう一方の手が早川の腕を掴んで軽く引き寄せた。早川の唇に、大原の暖かくて柔らかいそれが触れた。少し勢いが強くて、かちりと歯と歯が当たってしまった。   「…好きだ」 「え、順番違うじゃん」 「ごめん。でも、好きだ。本当に好き」 「言い過ぎだって…照れるだろ」 「ごめん、でも言いたくて仕方がない。伝えたくて、ずっと悩んでた。やっと言える。好きだよ」 ぎゅっと抱きしめながら、大原は何度も何度も好きだと言った。溢れ出る感情が止められないらしい。彼も早川と同じ気持ちを隠し、ずっと悩んでいたのだ。同じ気持ちを隠していたなんて馬鹿みたいだと思ったけど、怖くて伝えられなかったのは、二人とも一緒。今の関係を壊したくなかった二人は、極端に臆病になってしまったようだ。 「好きだ」 「もうわかったから…もういいって」 「早川は?まだ聞いてない」 「わ、分かるだろ!」 「…聞きたい」 「うっ……俺も好き」 「うん、俺も好きだよ」  顔が見たいけど離したくない。離れたくないけど顔が見たい。すごい我儘だ、と二人で笑い合った。  気持ちが通じ合う、というのはなんて幸せなことなのだろうか。怖いくらい気持ちが満たされて、胸が温まる。さっきから心臓が壊れるのではないかと言うくらいガンガン鳴っていて止まらない。  幸福に慣れていない大原は、今この幸福に支配された感情をどうしたらいいか分からないと言った。幸福を知る早川は、大原が慣れるまで幸福を与え続けようと心に決めた。  誰にも邪魔されず、二人でゆっくりと幸福を分かち合えるような、そんな関係で居たい、早川はそう思った。

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