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5.中間テストと夜の寄り道1
1年の終わりが近づき、本格的な冬がやって来る12月。
この時期はイベントが盛りだくさんだ。クリスマス、冬休み、年末、等々。
商店街や駅前はカラフルな電球で彩られ、あちこちに大きなツリーが飾られている。サンタの帽子を被ったコンビニの店員、トナカイの着ぐるみを着た客引きなど、世間は浮き足立っている。
しかしそんな世間とは裏腹に、この時期、高校生には1年間で最後の難関が訪れる。
それは、後期中間テスト。
テスト。嫌な響きではあるが、嫌なことばかりではない。テスト期間、といって1週間程度、ほとんどの部活動が活動休止になる。普段部活三昧の生徒たちにとって、放課後をのんびりと過ごすチャンスでもあるのだ。テストのための休みなのにのんびり過ごす、というのもおかしな話だが。
早川の属する陸上部も休みだ。部活は好きだが、久々にクラスメイトたちとのんびり過ごす放課後も悪くない。普段はホームルームの終わりとともに走って教室を出て行くが、この期間だけは友達と談笑しながら帰り自宅をすることが許される。
「早川って勉強すんの?」
「え、するに決まってんじゃん。馬鹿にしてんの?」
「俺が言うのもアレだけど、見た目が勉強出来なさそう」
「……陽介の方が、出来なさそう」
岸田と神崎の軽音部も休みらしい。二人で机をくっ付け、ノートと教科書を開きながら暇そうにしていた。教室に残って勉強しようとしたが、やる気が出ないといったところだろうか。姿勢だけはしっかりして見えるが、手が全く動いていない。
「急に勉強しろって言われて休み与えられてもなあ、暇だよなあ」
「…何言ってるか今わからない」
「勉強したくなーなあってことだよ。やっぱり今日は遊びにいこうぜ」
「…ゲーセン?カラオケ?」
無口な神崎の口からカラオケなんて単語が出てきたことに驚く。この二人の所属する軽音部は陸上部とは違い、毎日練習があるわけではないので二人で頻繁に遊びに行っているようだが、カラオケはよく行くのだろうか。神崎が歌うところなんて想像出来ないので少し気になる。
「いやあ、そこらは見つかりやすいし面倒だからなあ…兄貴の店!」
「…悪くない」
「よし、決まり。早川も行くだろ?」
「え、俺も?うん、行く!」
いつのまにか仲間にカウントされていたらしい。本当は勉強しないと、とは思っていたが今は普段遊べない友達との時間の方が大事だ、と自分に言い聞かせて今日は勉強を諦めた。まだテスト期間の初日だ。明日から頑張ろう。
学校から出る直前、二年生の靴棚を確認した。大原、と名前が書かれた下駄箱にはうち履きが入っている。今日はもう学校にはいないようだ。
花壇の仕事が終わったひと月前から、大原との関係に少し変化があった。朝と放課後の部活動前に会わなくなってしまったが、連絡先を教えて貰った。たまに昼休みに会うようになった。まだ一緒に弁当を食べたことはなかったが、早川が二年棟の大原のクラスの前に行くと、教室から出てきてくれる。それから昼休みにあまり生徒の来ない無人の教室に行き、他愛のない話をする。そんなことをするようになった程度の変化だが、早川は悪くないと思っている。
「どした?大原に会いたいの?」
ぼけっと大原の下駄箱を見ていた早川に気付いて、岸田が声をかけてきた。ニヤニヤしているので、これは早川で遊ぼうとしている。岸田には相談に乗って貰ったが、揶揄われるのはすごく嫌だ。あからさまにむっとして見せる。
「悪い悪い、大原のとこ連れてってやるからそんな顔すんなよ!」
口ではそんなことを言っているが、全く悪びれた様子が見えない岸田。しかし、本当に大原のところに連れて行ってくれそうだったので、今回はそれに免じて許してやることにする。
と、思ったが。
結局やって来たのは岸田の兄の店だった。
なんだ、と少しだけがっかりした。さっきの連れてってやる、というのはその場のノリだったのだろうか。
「いらっしゃいませー…って、お前ら来たのかよ…」
店にいたのはピアスいっぱいの金髪頭、ではなく大原だった。
「ええー!なんで大原が?!」
「え、早川もいるのか?部活は?」
互いが互いの姿に驚いている。白いシャツに黒いズボンと腰に巻くタイプの黒いエプロン。首元には蝶ネクタイ。以前見た岸田兄と同じ格好だ。制服よりシュッとして見えて、悔しいけど格好良い。
真面目な大原はテスト期間に勉強しているものだと思っていたし、この店で働いていることも知らなかった。大原も早川が現れると思っていなかったようだった。
「部活はテスト期間だから休みだよ」
「え、テスト期間…そっか、今日からか!」
「そうだよ、テスト期間だよ!バイトしてて大丈夫なの?!」
二年生で進路を考える大事な時期なのにバイトに勤しむ大原のことが、さすがに心配になった。普通の学生ならバイトを休むはずなのに。彼はテスト期間のことも忘れているようだった。
わかってねえな、と岸田がわざとらしくため息をついた。
「あのな、早川。コイツは真面目なの。真面目なだけが取り柄なの。知ってるよな?真面目な奴って俺らと違って毎日ちゃーんと勉強してるの。だから関係ないんだよ」
「ああ…なるほど…」
普段からコツコツ勉強している大原に、テスト期間なんて関係無かったのだ。むしろ学校が早く終わり、たくさんバイトが出来るチャンスの日らしい。早川は納得した。そういえば、初めて会った日もテストの答えを教えてくれたっけ。
「お前ら聞いたぞー、テスト期間なのに何遊んでるんだ?」
店の奥の方から岸田の兄が現れた。金髪頭、ではなく赤っぽい茶髪になっていた。耳には変わらず沢山のシルバーピアス。相変わらず派手。そして、その派手な頭にサンタ帽子を被っていた。
「え、兄貴何その頭」
「いい感じに色入ったと思ったんだけど、似合わない?」
「いやそっちじゃなくて、帽子の方だよ!」
「ああ、こっちか。そろそろクリスマスだからな。雰囲気出るだろ?」
お前も被れ、と岸田兄が大原の頭に乱暴に帽子をかぶせた。
店の中を見渡すと、クリスマスツリーが飾られていた。ぴかぴかと電球が光らないタイプの物だったのでなかなか気付かなかったが、この店のように物静かな場所に合っていると思う。
「あれ、ナゴあんまり似合わないな?似合うと思って買ってきたんだけど、トナカイの方がよかったか?」
「…それはどうでも良いけど、これ被んなきゃダメなのか?」
「うん、ダメ」
ニヤニヤしながら岸田兄はきっぱりと否定する。嫌がる大原を見て楽しんでいる。いつも早川で遊ぶ岸田弟と姿が重なった。人で遊ぶのが好きなのは岸田兄弟の血筋のせいなのかもしれない。
少し嫌がりつつも、しっかり言うことを聞いて帽子を被った大原。シュッとした制服と可愛らしいサンタ帽。アンバランスな組み合わせに少し笑ってしまった。大原がちらりと早川に目線を寄越した。そしてすぐに照れ臭そうに目線を晒す。もしかしたら、早川の前でこの格好をするのを恥ずかしがっているのかもしれない。そんな一面もあるのか、と思うとまた気持ちが満たされていく。
「なあ、大原バイト終わるの待ってていい?」
「いいけど…21時までだぞ?ここに居るのか?」
「うん…駄目?」
まだバー営業が始まる18時前。大原の言った時間まで、まだしばらくあった。
優介に尋ねてみると、彼は少し考えた。夜はバーになるこの店に、近所の高校の制服を着た人物が居るのは普通ではないのだ。店の経営者としては許可すべきではない、が。
「…今日だけだぞ。ナゴも早く上げてやるから」
「あ、ありがとう!」
ぱあ、と早川の表情が輝いた。
放課後、すぐに帰ってしまう大原と、部活で遅くまで学校に居る早川。時間が全く合わないため、一緒に帰ったことがなかった。部活が休みのこの期間、憧れの一緒に帰る、というのが出来ると思って期待していたのだ。店から駅は近いので少しだけだが、それでも嬉しいものは嬉しい。
「さんきゅー、じゃあ俺メロンソーダで!」
「オレンジジュース」
「陽介、光…お前らは帰って勉強しろ!」
家すぐそこだろ、と岸田の兄に店を追い出され、岸田と神崎は渋々と帰って行った。
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