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5.中間テストと夜の寄り道3
向かったのは住宅街にある小さな公園。昼は小学生たちが遊んでいる場所だが、夜は誰もいない静かな空間。大原がそこにある自動販売機で温かいココアを2個買った。
「はい。ココア飲める…よな?」
「うん、ありがとう」
買ってからそれを聞くのか、と可笑しくて笑ってしまった。いくら暖冬だと言えども、12月の夜の外は寒い。温かいココアの缶が指先を温めてくれる。ひと口飲んでみると、甘さと温かさが身体中に広がる。外は寒かったが、今は体も気持ちもポカポカと温かい。
ふたつ並んだブラコンに座り、ゆっくりと揺らす。キコキコと鉄と鉄が軋んだ音だけが静かな公園に響いた。
「…最近、忙しかったのか?」
少し聞き辛そうに、大原が言った。意を決して言ったように見えたが、何もそんな思い詰めて聞くような内容ではない。
「え?いつも通りだったけど」
「…そっか」
「なんで?どうして?」
「いや…連絡、無かったから」
少しだけ寂しそうな彼の姿に、きゅっと胸が締まった。可愛いと思ってしまった。だからちょっとだけ意地悪なことが言いたくなってしまう。
「して欲しかった?」
「そりゃあ…そうだろ」
「てか、大原も連絡してくれないじゃん」
「早川部活で忙しそうだから、悪いかなと思って」
「俺だって、大原はバイトで忙しいから、悪いなあと思って出来なかったんだもん」
「…ごめん」
「あ、いや…俺もごめん」
連絡先を交換してから、実はまだ一度も連絡をしたことがなかった。本当は想いが通じあった日に、おやすみ、とかまた明日、とかメッセージを送ったら良かったのだが、照れが勝り早川は自分から連絡をする事が出来なかった。それからはバイトや勉強で多忙な大原に迷惑が掛からないか、鬱陶しいと思われないかなど、変な心配をしてしまって出来ずにいた。その間、大原からの連絡も無かった。
迷惑かもしれない、と互いに億劫になっていたが、互いに連絡を待っていた。また互いを気遣いすぎるばかりに、臆病になってしまったようだ。
「…連絡、してもいいか?」
「うん、もちろん」
「どのくらいしてもいい?」
「どのくらいって言われても…いっぱい、かな?」
「いっぱいって…はは、難しい」
「だよなあ、うーん…あ、大原がしたい時ににしてよ!」
これはいい案、と思ったが、自分の意思を尊重したがらない彼がちゃんと連絡してくれるのだろうかと不安になった。また、迷惑じゃないかとかそんな理由で連絡をしてくれないのではないか。
「…じゃあ、今日する」
帰って来たのは意外な答えだった。しかも何故か少し嬉しそうだ。
「なんか、嬉しそうだね」
「うん、まあ…嬉しい」
「なんで?」
「早川も俺と同じだったんだ、と思って」
連絡をしたいのも、連絡を待ち侘びていたのも同じ。改めてそんな風に言われてしまうと照れた。赤くなってしまったであろう顔を見られないためにそっぽを向く。
くしゅん、と大原が小さなくしゃみをした。外に出てから暫く時間が経っていたので、体は冷え切っていた。しっかり冬用コートを着て長めのマフラーでグルグル巻きの早川と違い、大原はコートを羽織っただけ。今まで気付いてあげられなかったが、すごく寒そうで、鼻が赤くなっていた。
「寒い…」
「薄着だもん、それじゃあ寒いよ」
「家近いし、平気だと思ってたんだけどな」
ブル、と早川のスマートフォンが震えた。親から、まだ帰らないのかという連絡。画面の時計は21時半を指していた。もう帰らなければならない時間。
「親から連絡?」
「…うん」
まだ帰りたくないから隠したつもりだったけど、大原は気付いていたようだった。座っていたブランコから立ち上がると、大原は少し緊張した面持ちで、早川に向き直った。
「あのさ、終業式の日、部活ってみんな休みだったよな?」
「うん、休みだよ」
「その日、一緒に飯食いにいかないか?その…クリスマスだし」
終業式は25日。クリスマスだ。
どうしてそんなに緊張しているのかと思ったら、そういうことか。大原は早川をクリスマスデートに誘っているのだ。
ただ一緒に食事をする約束をするだけなのに、そんなに緊張されると、こちらも恥ずかしくなってしまう。けれども、そんなに頑張って誘ってくれていることがとても嬉しくて、二つ返事で誘いに応じた。
その時の、彼のホッとしたような、嬉しそうな顔は忘れられない。
家に帰って彼の顔を思い出すと、胸がぽかぽかと温かくなる。今日まで完全に忘れていたクリスマスだが、あの約束のおかげで待ち遠しい。
ぽかぽかとした気持ちのまま夕食を食べ、風呂に入りベッドに潜る。勉強はしていない。こんなフワフワした気持ちで勉強しても身に入らない、と言い訳して明日から頑張ることにする。寝る前のルーティンになっているスマートフォンチェックをする。すると、さっそく大原からメッセージが来ていた。
『今日は待っててくれてありがとう。
寒かったけど、風邪ひかないようにな。
おやすみ』
親かよ、と突っ込みたくなるような文面。けれども顔が熱くなるくらいドキドキして、意味はないけど枕に顔を埋めた。
毎日メッセージの送り合いをしたら、こんな気持ちが毎日続くのだろうか。心臓が爆発しないか心配だ。
『大原も風邪ひくなよ!おやすみ!』
もう返事は返ってこなかった。寝てしまったのだろうか。自分は気持ちが昂ってしまって寝られないというのに。
その日の夜は、無駄にスマートフォンを気にしてしまい、なかなか寝付くことが出来なかった。
終業式の日は授業が午前中で終わる。午前で終わって部活もないし、めちゃくちゃ遊べる絶好のチャンス。カラオケ行ったり、ゲームセンターに行ったり、映画館に行ったりしてみたい。
しかし、午前終わりは全教科赤点を回避して、冬季休暇前補習を逃れた人たちの特権。ちなみに前回のテスト、早川は数学がアウトで放課後補習を受けていた。そのお陰で大原と出会えたのだが、今回はなんとしても補習を回避したい。
目標は大原とのクリスマスデート。絶対に補習は受けたくないと必死に勉強した。それはもう、周りの人たちが驚くほど頑張った。早川らしくない、なんて言われているのも知っているが、とにかく頑張ったのだ。
「なあ早川、今日兄貴の店にナゴがいる日だから行こうぜー」
「ごめん、俺行かない!テスト勉強する!」
「は、え?なんて言った?」
「え、勉強するって」
「……早川、なのか?」
「失礼だな!早川だよ!」
岸田や神崎から遊びに誘われることもあったが、全て断った。岸田も神崎も大事な友達で、本当はめちゃくちゃ遊びに行きたい。しかし、大原との約束はもっともっと大事なこと。
邪な目標でも、何でもいい。
目標があれば、苦手な勉強だって頑張れた。
そして、勉強は頑張った分だけ結果が付いてくる。
「がんばったな、早川」
「や…やったーーー!」
「おお!早川よかったなあ!!」
「…陽介よりも点高い」
「俺はいいの!補習回避したからいいの!」
一番苦手な数学の補習を逃れた。逃れたどころか、点数も80点と今までで一番良かった。これにクラスメイトたちはかなり驚いていたし、担任の先生もすごく褒めてくれた。両親に見せたらとても喜んでくれて、その日の夕食はすき焼きになった。大袈裟だな、と思ったがとても気分が良い。もちろん、他の教科も全て補習回避。勉強を頑張るのもたまにはいいかもしれない。
最近寝る前の日課になっている大原とのメッセージのやり取り。この日は80点と書かれた数学の答案用紙を写真に撮って送った。
『すごい頑張ってたもんな。おめでとう』
相変わらず簡素なメッセージだったが、早川にとって一番嬉しい大原からのメッセージ。気持ちが落ち着かなくて、メッセージを見ながらベッドの上を転げ回る。
『クリスマス、楽しみにしてる!』
後は無事にクリスマス当日を迎えるだけ。
電車で大きい街の方に行って、一緒に買い物して映画を見て…期待はどんどん膨らんでいく。わくわくしながら当日を待った。
しかし、全て順当にいかないのが現実だ。
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