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6.2回目のアレと未来の約束1

『ごめん。風邪で熱が出て、今日行けない』 「え…?」 楽しみにしていた当日の朝のことだった。学校に行く前、彼から届いたメッセージを見て、思わず声が出た。 夢であるなら覚めてくれ、と思った。 「なあ早川、元気出せよ、な?」 「…あー、うん。元気元気」 「代わりに、今日いつも行ってるライブハウスでクリスマスパーティーがあるんだけど一緒に来るか?」 「…うーん、ごめん。遠慮しとく…」  盛大なため息をついて机に突っ伏す放課後。早川のあまりの落ち込みっぷりに心配になった岸田が声を掛けるが、そういう気分では無いようだ。  12月25日。今日は終業式であってクリスマスでもある。学校の授業は午前中でお終い。早川の部活も休み、大原のバイトも休み。一緒に飯に行こう、と誘われた時はどれだけ嬉しかったか。この日のためにテストも頑張った。昨日の夜は、今日が楽しみすぎて気持ちが昂ったせいで寝られなかった。なのに、大原が風邪を引いて学校を休んだ。もちろん、遊びになんて行けるわけがない。  ものすごく残念な気持ちになってしまったので、朝のメッセージにすぐに返信を出来なかった。本当だったら、お大事に、とか気にしないで、とか返すべきだったのに。先程の授業中、思い立ってこっそり返信したがまだ既読にすらなっていない。きっと寝ているだけなのだろうが、返信が返ってこないのも不安だった。  予定が無くなったので、今日は特にする事もない。 「…早川」     早く帰って昼寝でもするか、と思ってだらだらと帰り支度を始めると、神崎が早川の元にやって来た。神崎の方から声を掛けて来るなんて珍しい。もしかしたら初めてかもしれない。  実は神崎と二人きりになったことは無かった。岸田を含めた三人でいることは多い。いつも話の中心になるのは岸田だったので、二人きりに少し気まずさを感じる。 「…家、来るか?」 「え?」 「…ナゴ、会いたがってたから。お見舞い、行ってあげて」  無口な彼がやっと紡いだ言葉は、彼なりの優しさで溢れたものだった。神崎は無表情でわかりづらいが、きっと元気のない早川を心配してくれていたのだろう。   「行く!行きたい!」 早川がそう言うと、神崎は少しホッとした様子で頷いた。何に安堵したのかは分からないが、神崎の表情の変化に、早川は少し驚いた。 「…どうした?」 何に驚いたのか分からない、といった様子で神崎が首を傾げる。今日の彼はよく喋る。無口だ、と思っていたがそれはただの思い込みで、実際二人で話してみると案外そんなことは無いのかもしれない、というように感じた。    神崎たちが暮らす家までは、学校から歩いて10分程度。本当に羨ましいほど近い。何かお見舞いに持って行こうと、途中コンビニに寄る。  食べ物を、と思ったけど大原の好物が何か分からなかった。お菓子を買って行こうと思ったが、お菓子を食べているところなんて見たことが無かった。 「ねえ、大原って何好きかわかる?」 「………カレー」 「いや、病人にカレーは買っていかないでしょ!」 「…わかってる。けど……何でも食べるから、思いつかない」 カレーが好きだなんて、案外子供っぽい一面を知って少し嬉しくなったのは内緒。一緒に暮らしている神崎ですら、他には思い付かないらしい。無難にゼリーやスポーツ飲料を買って行くことにした。 「……早川からなら、何でも喜ぶよ」 「そう、かなあ?」 「うん。早川と一緒にいる時、ナゴ別人みたい」 柔らかくなった、と神崎は言った。 「…前は、もっと愛想悪かった」 「え、大原が?想像出来ないなあ…」 「…何も、話してくれない」  無愛想な神崎が愛想が悪いと言うのは少し変な感じがするが、彼は至って真面目だ。  大原は自分のことを話すのが苦手だ、と神崎は言った。人の心配はするおせっかいのクセに、自分の悩みなどは全く話してくれない、と神崎は少し不服そうだ。 「…でも、早川になら、話しそう」 「そっかなあ…俺、いつも大原に聞いてもらってばっかりかも」 「…何か悩んでたみたいだから、聞いてやって」 「え?大原が?」  こくり、と神崎が頷いた。少し心配しているように見える。  大原と神崎は幼なじみで、兄弟のようなものだと言っていた。その神崎が言うなら間違いないのだろう。きっと神崎は早川が知らない大原の姿も内面も知っているのだ。ずっと一緒に育ってきたのだから当たり前だが、少し妬ける。  コンビニのレジで会計をしている時、神崎がホットスナックコーナーにある肉まんを凝視していることに気付いた。食べたいのだろうか。そういえば、今日の学校は昼休みが無かったので昼食がまだだったことを思い出した。きっと腹が減ってしまったのだろう。 肉まんを二つ追加で注文して、そのうちの一つを神崎に渡した。 「はい。腹減ったよな」 「…いいの?」 「うん。今日連れてってくれるお礼!」 「…ありがとう」  早川から肉まんを受け取った時、表情にさほど変化はないが、神崎は少し喜んでいるように見えた。今日ふたりで居て分かったが、無口で無愛想だと思っていた神崎は、少し感情表現が苦手なだけで、案外分かりやすい奴なのかもしれない。  彼らの家は、想像していたより普通の家だった。少し広めの一軒家。一緒に暮らす家族と呼べる人数が多いだけで、普通の家と変わらない。 「お邪魔しまーす…」 少し緊張した。よく考えたら、大原と神崎と岸田しか知らない。他にも一緒に住んでいる人たちがいるのではないだろうか。急に知らない人物が現れて驚いたりしないだろうか。 「…なんで緊張してる?」 「え、いやあ…ちょっと」 「…大丈夫。今は俺たちしかいない」  早川の緊張は神崎に伝わっていたようだ。こっち、と案内されたのは玄関に入ってすぐの広いリビングルーム。リビングに二階に続く階段があった。大原の部屋は二回の一番奥。神崎に案内されて、一緒に部屋に入った。  寝ているかもしれない、と思って静かにドアを開けた。そこには予想通り、ベッドに横たわって眠っている大原の姿。 「…ここで待ってて」 「あ、うん」  準備がある、と神崎は部屋から出て行ってしまった。何の準備かは知らないが、そのうち戻ってくるのだろうか。  二人きりになった部屋で、早川は大原が寝ているベッドの横、彼の顔がよく見える位置に座った。髪の毛が顔にかかって邪魔そうだったので、優しく撫でるように払った。少しだけ触れた彼の額は暑かった。まだ熱が高いのかもしれない。そのせいか、頬がほんのりと赤い。眉間に皺が寄っていて苦しそうだった。  彼の寝顔を見たのは初めてだった。以前、彼が泊まりに来たときは、早川の方が先に寝たし後に起きた。彼の寝顔は新鮮だったが、こんなに苦しそうな顔を見たいと思っていたわけではない。 「…はやく、元気なれよー」  そして、遊びに行こう。今日の埋め合わせをしてもらわないと。  布団から彼の右手がはみ出していた。その手をきゅっと握ってみる。やっぱり暑かった。この前、一緒に手を繋いで夜の公園を散歩したときはびっくりするほど冷たかったのに。あの日薄着だった彼はきっと寒かったのだろう。その寒さを我慢してでも一緒に居たかったのだろうか。そうだったら嬉しい、と早川は思う。  繋いだ手を離さないまま、早川はベッドに伏せた。昨日の夜、寝つきが悪かったせいか、だんだん眠くなってきてしまった。目の前には眠る大原の顔。意外と睫毛が長いなあ、なんて考えながら、くあっと大きな欠伸をした。

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