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7.お泊りといいコト1

  冬が去って桜が咲いた。修了式も終わって、これから春休みだ。早川は無事に二年生になった。それが、数日前のこと。  今日は春休み唯一の登校日である離任式の日。異動になる先生たちを送り出す日なのだ。別れの季節と呼ばれる春。これも春休みの恒例行事で、この日にもう一つ、大切なことが発表される。  それは、次のクラスだ。  学校生活に置いて大切なクラス。一年間、同じ教室にいるメンバーが決まるのだ。  学年が上がるとクラス替えがある。一年生から二年生に上がる時は完全シャッフルだ。出来れば仲の良い友人たち全員と同じクラスでいたかったが、そううまくいかない。 「あ、俺C組だ」 「…俺も」 「…………」  いつも一番話す岸田が一切話さない。さっきまでは普通に話していたのに、このタイミングで急に沈黙。何があったかは明白だった。 「……俺だけE組じゃん!!」 春は別れの季節、とは言うが、こんな身近に別れが潜んでいるとは思ってもみなかった。 「えー何で俺だけ?何で俺だけ!!」 「……仕方ない」 「そんな一言で片付けないでくれる?!俺たち仲良し三人組だったでしょ!!悲しいよ俺は!!」 「……どうせ家で会う」 「お前はな!早川はそうじゃないだろ!」 「……ナゴの繋がりで会える」 「ああそうだな、そうだけどな!俺と離れることをもっと悲しめよ!!」  この二人のコントみたいなやり取りを見るのも少なくなる、と思えば寂しく無いこともない。実際、よく話して、友人の多い岸田には助けられたことが多かった。クラスが離れてしまったことを嘆いてはいるが、誰とでも打ち解けられる岸田は次のクラスでも楽しくやっていくだろう、と早川は思う。 「あ!ナゴといえば!早川、昨日アイツになんか送ったろ?」 「うん、連絡はしたけど」 はっと何か思い出したように岸田が言うから、何事かと思ったらそんなに大したことの無い内容。連絡なんて毎日しているのに、何故わざわざそんなことを言うのか、早川には理解出来なかった。 「昨日さ、居間であいつニヤニヤしながらスマホ見てたから何事かと思って!なかなか言わなかったけど吐かせたら…お泊りのお誘い!お、と、ま、り!やるなあ、早川!」 やはり大した話では無かった。確かに、来週の月曜日、親が居ない日があるから泊まりに来ないかと連絡はしたが、岸田が何故そんなに盛り上がっているのか分からなくて首を傾げた。 すると、岸田は大げさにため息をついて、これだからお前らは…と呆れたように言った。 「あのなあ!俺らもう二年生になったんだぜ?もう立派な大人だ。大人のお泊りデートって言ったら…分かるよな?」 「えー、わかんない…神崎分かる?」 「…え、マジでわかんないの?」  岸田が勝手にひとりで盛り上がってるだけだと思ったら、どうやら神崎も分かっているらしい。ひとりだけ置いてけぼりだ。 「あーもう、初心かよ!!」   痺れを切らした岸田が、早川に耳打ちした。 「…は?えっ、ええええ?!」  はっきり岸田は言った。きっと聴き間違えでは無い。今まで早川には全く縁が無かった、あの行為。もちろん経験したことが無い、未知の領域。   「え、俺そんなつもりで誘ったわけじゃ…」 「でも世間一般ではそうなの!親が居ない日に初めてのお泊りデートなんて、そういうお約束なんだわ」 「でも、前泊まったし!初めてじゃない!」 「あのなあ…前は前!今は今!お前ら変わったんだろ?!」 「うっ、そうだけど…」  この話はあくまで岸田意見で、いつも通り早川で遊んでいるだけな可能性もある。しかし、恋愛経験の乏しい早川には彼の言っていることが全て正しい気がしてならなかった。また泊まってゲームしたり、映画を見たりしたいと思って誘っただけで、全くそんな気は無かった。今日は木曜日だから、あと4回寝たら月曜日。すごく楽しみにしていたはずなのに、すごく緊張して来た。 「そりゃあアイツもニヤけちゃうくらい嬉しいよなあ〜。愛しの早川から、そんなお誘いが来るんだもんなあ〜」 「……あんまり揶揄うと、可哀想だぞ」  神崎がそんなことを言うから、やはり岸田は自分を揶揄って遊んでいたのかと、安心したのも束の間。  神崎が早川の背中を、慰めるように優しく叩いた。 「……ナゴはオオカミじゃない。きっと、優しいから。大丈夫、怖くない」 神崎が真顔で言うせいで、いよいよ本気なのか冗談なのか分からなくなってしまった。動揺し過ぎて、神崎の後ろで岸田が腹を抱えて笑っていたのは、気にならなかった。  帰り道、ふと考えて思ったが、そもそもあの行為は男同士で可能なのであろうか。  今は便利な世の中だ。スマートフォンですぐに調べることができる。好奇心のままに、男同士、セックスで検索した。そしてすぐに後悔した。動画も写真も文面も、全てが強烈で、初心な早川には衝撃が強過ぎた。しかし、いくら便利な世の中だと言ってもインターネットには嘘の情報もたくさん転がっている。全て鵜呑みにしてはいけないのだ。  これが正しい情報なのか、誰かに聞いてみようと思ったが、一体誰に聞けばいいのだろうか。親や学校の先生になんて絶対聞けない。大原に聞くわけにいかないし、同学年の岸田と神崎の知識量は自分と大して変わらない筈だから、聞いても意味がない。佐野は、親と同じ分類に入るので無理だ。  あとは誰が居るだろうか、と考えていると、頼りになる大人が思い浮かんだ。

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