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8.会えない時間と胸のもやもや3

「え? 5日間も?」  次の日、昼休みに3年棟へ行き、大声で大原を呼んで連れ出した。大原はまた勉強していたようだったが、中断してすぐに早川のもとに来てくれた。机の上に教科書とノートを広げっぱなしで来てくれたのだ。そんなに急がなくても逃げないのに、と少し嬉しくなった。  合宿のことを話してみると、ひどく驚いた様子だった。そんなに驚くような内容は言っていないつもりだったので、早川も驚いてしまった。 「え? そんなに驚くことだった?」 「いや、そういうわけじゃないけど…5日間、連絡取れないってことだろ?」 「うん、そうだけど」  大原はそんなに連絡に重きを置く人だったか、と早川は首を傾げる。 「5日間もなんて…初めてじゃないか?」  大原に言われてハッとした。  毎日当たり前のようにメッセージを送り合っているが、送らない日はあっただろうか。5日間会えなかったことは、たぶんある。長期休暇の時などがそうだ。会っていない時こそ、メッセージで会いたい、なんて送って時間を作ろうとしていた。 「……うん、ないかも」 記憶の限り、5日間も連絡を取らなかったことは無い。それが分かると急に不安になってくる。ただでさえ時間が合わないことが不安なのに、さらに連絡も出来ない。これ以上の大原不足は深刻な問題だ。 「ええー、俺大丈夫じゃないかも…急に合宿行きたくなくなってきた…」 「何言ってんだ、頑張れよ」  別に誰が悪いとかそういうわけではないが、最近は以前ほど大原と良い関係が築けているわけではない。それはきっとお互いわかっていて、だからこそ短い間でも会える時間は大切にしている。そんな不安定な時期なのに、5日間も相手を放ってしまうなんて、大丈夫なのだろうか。早川が大原に会えない間も、あの隣の席の女子生徒は大原と一緒に補習を受けるのだ。嫌だけど、仕方がない。せめて、隣でなければ少し安心できるのだが。 「ねー、大原のクラス席替えないの?」 「なんで?まだ無いと思うけど…」  何でそんなこと聞かれたか分からない、といった顔をされた。早川には関係ないことなので、そう思うのは当然の事。  大原の隣の席の女、という不安材料が無くならないまま合宿に行くというのは避けられないようだ。すこし落ち込んだ。 「そんな顔するなよ」 「え?わ、わあっ!何なに?!」  落ち込んだのが顔に出ていたのか、大原の大きな手でわしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられる。大原が乱暴に撫でる時は、早川が落ち込んでたり拗ねていたりする時。まるで犬を撫でるような撫で方をするが、早川は案外これが嫌いでは無い。 「…これ、他の人にはやらないでね」 「え?こんなの出来るの、早川だけだよ」  今日は変なこと言うな、と大原は不思議そうな顔をしていた。大原には至って何でもない「早川だけ」という言葉。早川にとっては、安心を与えてくれる大事な言葉。  学年が上がってからずっと胸のもやもやは消えない。大原に優しくされると、少しの間は消えてくれるが、またすぐに復活する。このもやもやの正体は、恐らく嫉妬。今までこんなこと無かったのに、自分は一体どうしてしまったのだろうか。  一週間後、少しの不安ともやもやを抱えたまま、早川は4泊5日の合宿に旅立った。

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