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9.名前の呼び方と独占欲1

  「なあ、朝飯!せっかく友達が遊びに来てやったんだから、飯くらい食わせろよう〜」 「だったら手伝え」 「何時間運転して来たと思ってんだよ〜!もう俺はヘトヘトなんだよ〜…あー、腹減った!」 「なんでこんな早朝に…」 「そりゃあ、お前らに会いたいからだよ!なのに冷たいなあ〜、冷たいよ佐野ぉ〜!」 「…うるさい、子供たちが起きるだろ!」  大型連休の最後の朝。自室で寝ていた大原は、いつもと違う賑やかな話し声で目が覚めた。  時計を見たらまだ6時半にもなっていない。今日は大型連休最後の補習があるから元々早起きの予定ではあったが、普段より1時間も早い起床だ。いつもこの家の中では、家主の次に起きるのが早い大原だが、今日は誰かに先を越されてしまったようだ。  本当なら二度寝をしたいところだが、誰かが朝食をゴネているようなので、たまには手伝うか、と階段を降りてリビングに向かう。 「だってさあ、佐野の飯は昔から美味いじゃん?久々に食いてーなあって!鮫島もそうだろ?」 「…………」 「わかった、わかったから。頼むから声のボリュームを抑えてくれ」  あれ、と大原は耳を疑った。聞いたことがある声だが、この声の主は特別な事がないとこの家に現れないし、鮫島という人物もやはり特別なことがないとこの家に現れない。滅多に会えないが、口から生まれたんじゃないのかってほどよく喋る男性を、大原はよく知っている。 「え、佐藤さんと鮫島さん!来てたの?」  キッチンに立つ佐野の他に、我が物顔でリビングのソファに寝そべり寛いでいる男、佐藤と、佐野の隣で手伝っている大柄な男、鮫島が居た。何しに来たとか、こんな早朝からどうして、など不思議に思うことはたくさんあったが、珍しい来客に素直に驚いた。 「よっ、久しぶりだな!またデカくなったなあ」 こっちに来いよ、と佐藤が寝そべっていたソファから起き上がる。人ひとり座るスペースを開け、大原に座れと促す。遠慮なく隣に座った。 「何年ぶりだ?2年ぶりか?永太郎はいくつになった?」 「今年18だよ」 「もう18か!そっかそっか、高校3年生か〜…ん?ってことは、受験生か!大変だよなあ」  頑張れよ受験生、と佐藤が大原の背中をバシバシ叩く。 「あ、鮫島さん!俺が手伝うから、座っててよ」  手伝おうと思って降りて来たのをすっかり忘れていた。慌てて立ち上がってキッチンの方へ行った。 「…………」 「早朝に押し掛けて迷惑を掛けてしまったのはこっちだから、気にしないで座っててくれ。それより、うるさくして起こしてしまったね。すまない。と言ってる」  話すことの出来ない鮫島の代わりに、佐野が言った。どうしたらこんな長い言葉を代弁できるのか不思議で堪らない。  大原がこの3人と出会った当初から、まるで心を読んでいるのではないかというほどこの人たちは通じ合っている。佐野曰く、3人は高校生の同級生で、出席番号で並ぶと嫌でも近くにいたから仲良くせざるを得なかった、らしい。今でも連んで憎まれ口を叩き合っているから、本当に中が良いのだろう。  鮫島の言葉に甘えて、と大原は再び佐藤の隣に座り直す。  佐藤と鮫島という人物は、たまにこの家に現れる佐野の古くからの友人だ。この二人が来た時、佐野は普段からは想像できないほど口が悪くなるが少し楽しそうにしている。大原もこの二人のことが好きだ。大原にとって佐野が育ての親だとしたら、この二人は叔父という立ち位置になるのだろうか。 「光にはまだ会ってないよな?起こそうか?」 「いや、いいよ。今日は最後の祝日だし、好きなだけ寝かしておいてやろう。それに、しばらくここで世話になるからさ」 「そうなんだ、仕事?」 「まあー、そんなもん。世話になることだし、今日の夜うまいモン食わせてやるよ!みんなで行こうぜ!何がいい?焼肉か?永太郎はいっぱい食べるからなあ、お財布が心配…っつうのは嘘で、今日は食べ放題じゃないやつでもいいぞ!」 「あ、ごめん。今日の夜はパス」 「ええ?!まじかあ…」 がっくり、と佐藤が肩を落とす。焼肉じゃダメかあ、と呟いていたがそれは関係ない。 「ええー、肉より魚派か?若いのに渋いなあ…寿司が良かった?」 「いや、そうじゃ無くて…友達と飯に行く約束してるんだ」 「なんでだよー!俺のこと優先してよ〜2年ぶりだよ2年!まさか反抗期…に、しては遅いか…寂しいよ!佐藤のおじちゃんの相手してくれよー!」 「約束だから…本当にごめん」 「やめろ佐藤、大人気ないぞ」 キッチンで朝食の準備をしていた佐野が手を止めてソファの方へやってきた。大原に絡みまくっている佐藤の暴走を止める。 「まだ暫くいるなら、明日でも明後日でも行けばいいだろ。永太郎は大事な人との予定があるんだから。な?」 「ちょっと、佐野さん!」 「え、大事な人…?ははーん、なるほどなるほど〜。それはしゃあねえなあ〜。でも焼肉食いたくなったから他の奴ら連れて行くか。永太郎は今度連れてってやるから拗ねんなよ?」 「もうそんなことじゃ拗ねないよ…」 「そうか?まあいいや、今日は大事な人といってらっしゃ〜い」  佐藤がニヤニヤしながら肘で突いてくる。先ほどのゴネていた態度とは一変、物凄く楽しそうだ。完全な偏見だが、佐藤は浮いた話が物凄く好きそうだ。バレると深掘りされそうだったので、知られたく無かった。 「大事な人…もうそんな人が出来る歳か……大人になったな永太郎ぉ〜〜!!」 「よせって、揶揄わないでくれよ…」 感動した、と涙ぐむ様な仕草をする。実際は涙なんで出ていないのだが。昔からこうなのだが、佐藤はよく喋るし毎度毎度100%のリアクションを返してくる。こんな元気の良い大人は佐藤以外知らない。色々な意味で尊敬するが、たまに疲れないのかと心配になってしまう。 「永太郎、もう朝食が出来るから、みんなを起こして来てくれ」 「え、光と陽介も起こすのか?学校ないだろ?」 「今日は二人とも軽音部の練習があると言っていたからな。頼むぞ」 「そうなんだ、わかった」  ついでに支度してくる、と大原は自室のある二階へ戻って行った。大原が完全にリビングから居なくなるのを確認して、佐藤は佐野に向かって言った。 「…永太郎には、お前から言う、でいいんだよな?」 「ああ、それで良い」  和やかだったリビングの空気が急に引き締まる。  先程までソファの上でゴネていた人物と同一とは思えないほど、佐藤の空気感が変わった。 「俺たちには、あいつらを守る義務がある。忘れるなよ」

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