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* 「生活は…別に、変わったことはないよ。今まで通り」 「…制服を着ているということは、もう高校生になったのか」 「うん、そうだよ」 「そうか…もうそんなに経ったのか」  少し駅から離れた喫茶店。日が傾きかけた時間帯。忙しそうに、人が次から次へと入れ替わる。制服をきた高校生や高齢者が会計を済ませて外へ出ると、入れ替わるようにスーツを着たサラリーマンや私服の大学生が中に入ってくる。  喫茶店と言ったら、知り合いが営む駅の近くのあの店にしか入ったことがない。時間のゆっくり流れるあの店とは違い、今いる店は落ち着かなかった。 「…あなたは、本当に俺の……?」 「ああ、見ればわかるだろう?」  窓際の席に、中年の男と制服を着た高校生が向かい合って座っている。  二人はとても似ていた。  長身、指がスラッと長くて大きな手、目元、薄い唇、低くて柔らかい声の質。どれもこれも似ていた。  中年男と高校生。その年の差から、第三者から見ても親子であるということがすぐに分かる。  親子にしてはぎこちない、互いの腹を探っているような雰囲気が、この二人が一般的な親子ではないということを物語っている。 「学校はどうだ?」 「楽しいよ。特に、最近はいい友達も出来て、すごく楽しい」 「そうか」 楽しい、か。  男の声から色が消える。 「今、幸せか?」 「うん。友達も家族もいい人たちばっかりだし、幸せだよ」 「…………」  暫しの沈黙の後、中年男の表情から笑みが消える。 「…家族?血の繋がった家族は俺だけだろう」 「血の繋がりが全てじゃない。俺には、一緒に暮らしてる家族がいる」 「なるほど…な」  睨みつけるような、憎しみが籠った視線に背筋が凍った。血の繋がった息子に向ける視線でないことは確かだ。  先程までの穏やかな雰囲気はどこへ行ってしまったのか。二人の間に緊迫した空気が走る。 「俺が苦労していた時に、お前は一人で楽しく幸せに生きていたんだな」  はっきりと男が言った。 男の表情から穏やかな笑みが消える。 「は、何を言って…?」 「家族は幸福も不幸も共有するものだろう。小さい頃、俺がそう教えたのは忘れてしまったのか?」 「……子供の幸せを願うのが、普通の親じゃないのか?」 「俺は違う。お前の幸福を許さない」  ニヤリと笑う中年男に、恐怖を感じた。怒られる時や心霊体験とか、そういう類の恐怖とはまるで違う。息が止まるような、今まで感じたことのない恐怖だ。  会うな、と言われた理由が分かったかもしれない。  この男は何を言っているのか丸で分からない。こいつと一緒に居てはいけない、と本能が訴えている。青年は座っていた椅子から立ち上がり、バン、とテーブルに千円札を叩きつけた。 「…帰る。もう二度と合わない」  男の返事も聞かず、青年は店から出て行ってしまった。 「……どうせ、またすぐ会うことになるだろう」 ぽつり、と呟いた男の声は誰にも届いていない。

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