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10.親子喧嘩と手作り弁当2
力になりたい、と言っても大原は悩んでいる素振りを全く見せなかった。毎日のように昼休みに会いに行ったが、いつも通りの大原だ。あの二人の何かの間違いなのでは、と感じるほど至って普通だ。
何もしないまま数日が経ち、運動会が明日に迫る。
その日は朝から夕方までずっと雨が降っていた。そのせいでグラウンドのコンディションが悪くて、みんな明日の運動会が決行できるのか心配している。もちろん、大きな水溜りが出来たグラウンドで練習は出来ないので、今日の部活は校舎内での練習だった。
こういう日は練習の内容が限られる為、早く終わる日が多い。今日もたまたま練習が少し早く終わった。
帰ろうと玄関に行くと、進学クラスの補習終わりの時間と被ったらしく、3年生がぞろぞろと学校を出て行くところだった。
もしかしたら大原がいるかも、と慌てて姿を探すが見つからない。彼の下駄箱を見てみると、中には革靴がある。まだ校内にいるようだ。
補習終わり、居るとしたら教室か図書室。
静かな場所を好む大原は、まだ他の生徒が居て賑やかな教室より人気のない図書室にいる可能性が高い。そう思って図書室を覗いてみたら、やはり彼はそこに居た。
一生懸命勉強をしている、という訳では無さそうだった。一応教科書か参考書のようなものを開いているが、ペラペラとページをめくっているだけであれでは頭に入っているのかどうか分からない。
大原の他にもちらほらと生徒が居る。こんな時間まで図書室にいるのは、進学クラスの中でもかなり勉強熱心な生徒たちだ。邪魔しないようになるべく静かにドアを開けたが、いくら気を遣っても古い扉はガラガラと音を立ててしまう。
バッと入り口付近に居た人たちの視線が早川に向いた。
「ご、ごめんなさい…!」
視線が痛かったので、とりあえず小さな声で謝る。今度は足音を立てないように静かに歩いて、大原のところまで行った。静かにしないといけない、と常に気を張らなければならない図書室が早川は苦手だ。2年生になった今でも、まだ片手で数える程度しか来た事がない。
背後から近付いても、大原は気付いてくれなかった。勉強に集中しているから、ではなくぼうっとしているからだ。その証拠に、彼のシャーペンを握る右手は完全に止まっている。
「…なご!」
背後から名前を呼んが、気付いて貰えない。他の人に迷惑をがかからないように小さい声で呼んだから、聞こえていないのかもしれない。彼は変わらず、ぼうっとしていた。
トントン、と肩を叩くとやっと気付いてくれた。
「…駿太?!」
振り返った大原は、驚いた顔をしていた。思った以上の声量で名前を呼んでしまったので、周りの視線がバッと二人に集まる。大原は慌てて口を抑えたが、今更そんなことは意味がない。
「…出よっか」
「…うん、そうだな」
大原が大声を出したせいで周りからの視線が痛いし、ここでは満足に話が出来ない。
大原は机の上に開いていた勉強道具を急いで鞄の中に詰め込んだ。そして二人で一緒に廊下に出る。
「うわー、みんなめっちゃこっち見てたじゃん!暫く図書室行き辛いなあ」
「ごめん。居ると思わなかったから、ビビった…」
「呼んだのに全然気付かないから!」
「え、全く気づかなかった…」
図書室で出していいギリギリの声量で呼んだつもりだったが、大原は全く気付いていないようだった。
「ぼーっとしてたけど、大丈夫?」
今は普通だが、先ほどまでは彼らしくないほどぼーっとしていた。
「ああ、大丈夫。ちょっと考えてただけ」
何でもないように装っているが、ほんの少しだけ元気がないように見えた。勉強疲れのせいだろうか。それとも、以前に岸田と神崎が話していた"親子喧嘩"のせいだろうか。
前者でも後者でも、早川は心配だ。もし前者だったら頑張り屋の彼にちゃんと休むように言わなければ。もし後者だったら当人たちの問題なので早川にはどうにも出来ないかもしれないが、話くらいなら聞いてやれる。
強がりな彼は、悩んでいても自発的に話そうとしない。だから、多少強引に一方踏み込んで聞いてやらなければならない。
「…本当に大丈夫?元気無いから、心配だよ」
隣に立つ長身の彼は、驚いた顔をして早川を見る。
すぐに視線を晒して、何か考えるような素振りをした。話すか話さないか、迷っているのかもしれない。
悩んでいるなら頼ってくれてもいいのに、といつも思う。彼は人に頼るのが下手過ぎるのだ。力にはなれないかもしれないが、早川にだって話を聞くことくらいは出来る。
「ナゴが悩んでると、俺も辛いよ。力になりたい」
答えを出せない大原に向かって、そう言い放った。話して貰えないのがちょっと悲しい、というのが態度に出てしまっていたかもしれない。少し拗ねた言い方になってしまった。
「…ごめん、駿太」
先程の早川の態度が引き金になったようだ。大原がぽつり、と沈んだ声で話し始めた。
「実は、すごく悩んでる……今日は、家に帰りたくない」
そんな子供のような我が儘を、今まで大原の口から聞いたことがあっただろうか。
帰りたくないなんて言うから、うちに来るか、と言わずにはいられなかった。
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