32 / 108

10.親子喧嘩と手作り弁当3

 大原の悩みは、やはり佐野とのことだった。岸田と神崎が話していた通りだ。  家に来るか、と聞いたら大原はすぐに頷いた。今日は両親が家にいる日なので二人きりではないが、それでもいいと彼は言った。  佐野と言い合いになった、としか聞いていないので詳しいことは分からない。    急に来たにも関わらず、早川の両親は快く迎えてくれた。 「急に来てすいません。お邪魔します」  大原は家に入る前、玄関で迎えてくれた駿太の両親に丁寧に頭を下げた。会うのはまだ2回目だったが、二人は大原の事を覚えてくれていたようだ。 「うちの駿太がいつもお世話になっているみたいだし、気にせずゆっくりしていってね」 「よく君の話を聞くよ。仲良くしてくれてるみたいで…ありがとう」 「ちょっ、父さん!そういうのやめてって!」 「そうなの、いつも大原くんの話ばっかり!」 「母さんもいいから…もう、ナゴ行こう!」   おもむろに家でのことを話そうとする両親の話をなんとか遮って、大原の手引き自室へ向かった。大原のことを両親に話しているのは事実だが、恥ずかしくて大原自身に知られたくなかった。 「俺のこと、何て話してるんだ?」 部屋で二人きりになると、大原が訪ねてきた。その顔がちょっとだけ嬉しそうに見えて、さらに恥ずかしくなった。 「……特別な友達」 「特別、か」 何がそんなに嬉しいのかわからなかったが、ニヤけそうになる口元を必死に隠そうとしているのが分かる。  元気がない姿で帰りたくない、なんて言うから家に連れてきたのに。さっきまでの元気のない姿はどこに行ってしまったのだろうか。 「あ、着替え欲しいよね?持ってくるからちょっと待って…」 「待って、駿太」  部屋を出ようとしたら、腕を掴まれ阻止された。そのまま強い力で引き寄せられ、ぎゅっと背後から抱きしめられた。 「え、ちょっ、ナゴ?」 「……ごめん、少しだけ」  回された手に力が込められ、身動きが取れない。背中から彼の体温が伝わって少しドキドキした。  今日は家に親がいる。いつ部屋に入ってくるか分からない。だから本当は駄目だって言って離れるべきなのに。  こんな風に触れてくる大原は初めてだ。いつも甘えるのも、抱き付くのも、誘うのも早川の方が圧倒的に多い。大原の方から強引に触れることは、ほとんどなかった。  そんな大原が、早川の静止を振り切って触れてきた。  縋るように触れる大原の手からどうしても離れることが出来なくて、自分の胸の前に回された彼の手をぎゅっと握った。   「…俺、佐野さんに酷いこと言ったかもしれない」   一緒に夕食を食べて、風呂に入ってあとは寝るだけ。そんな状態で部屋でのんびりしていると、大原がスマートフォンを見ながら話し出した。 「なんて言っちゃったの?」 「…本当の親じゃないのに口出しするなって」  最低だよな、と彼は深く反省した様子だった。  まるで反抗期の子供のような彼らしくない言葉だと早川は思った。大原がただ一方的にこんなことを言うとは思えなかった。 「何かあったんだよね?喧嘩?」 「喧嘩、というか…佐野さん、ずっと俺に嘘付いてたみたいでさ。それに腹が立って、ついつい言い合いになっちゃったんだけど…」 「えっ、あの人が嘘を?」 早川も何度か佐野に会ったことがあるが、とても大原を傷つけるような嘘を吐く人には見えない。 「俺の本当の父親が死んだって、嘘付いてた」  衝撃的な発言に、息が詰まった。  早川は以前、大原の親がもうこの世にはいないという事を大原自身から教えてもらったことがある。今の大原の話が本当であれば、彼の父親は生きていて佐野がその事実を大原に隠していた、ということになる。  どうしてそんなことを、と早川は思う。この話を聞いた全員がそう思うに違いない。  あの二人が言っていた"親子喧嘩"だなんて可愛いものじゃない。 「何で教えてくれなかったんだって聞いても、何も答えてくれないし。会ってみたいって言っても絶対ダメだってしか言わないから、俺も訳がわかんなくて……それで喧嘩になって、本当の親じゃないくせに、って言っちゃったんだ」  何も教えてくれない、会いたいと言っても駄目だと一点張りな佐野。その時の大原は混乱していて何も考えられなかったが、佐野には彼なりの考えがあったのだろう。  本当の親じゃない、なんて酷いことを言ってしまったと反省している。悪かった、と一言だけ言って自室に篭ってしまった佐野は傷付いた顔をしていた。すぐに自分も謝ろうとしたが間に合わなかった。それからは何となく気不味くて彼のことを避けているし、彼も大原に干渉しようとしなかった。  佐野とのことについては反省はしたが、本当の親が近くにいると聞いて探さずにはいられなかった。しかし、探す前に相手から大原に会いに来た。 「父親に会ったの?」 「会ったよ。でも……会わなきゃ良かった」  血の繋がった人に会ってみたいと思うのは当然だ。だから、大原の行動は間違ってはいないと早川は思ったが、彼は何故かそれを後悔している。 「会って後悔して、やっぱり佐野さんの言う事聞いとけば良かったって思って……最低だよな」  はあ、と深く深く溜め息を吐いた。こんな溜め息を彼から聞いたのは初めてかもしれない。幸せが逃げていきそうだ。  反省しているなら仲直りまであと少し、だと早川は思うのだが、喧嘩を殆どしたことがない大原は仲直りの方法が分からないらしい。  父親のこと、佐野に酷いことを言ったこと、仲直りの方法がわからないこと。今の大原の頭の中はこの悩みたちでぐるぐるしているようだ。  最初の2点は当人たちの難しい問題。しかし、"仲直りの方法"は早川でも助けてあげられるかもしれない。

ともだちにシェアしよう!