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10.親子喧嘩と手作り弁当4

「ナゴ、電話しよう!」 「電話って、誰に?」 「佐野さんだよ!」  早川が反抗期で両親と喧嘩した時、よく使った方法だった。メッセージを送るだけでは味気ない、かと言って面と向かって話すのが恥ずかしい。そんな時、電話で話して仲直りした。相手の顔は見えないけど、声が聞こえる。声色で相手がどのような顔をしているか考えて、怒ってないというのが分かってから顔を合わせて話すのだ。少し臆病な早川らしい手法だ。 「えっと、本当に電話するの?」 「するんだよ!仲直りしたいんだろ?」 「したいけど、まだ気不味いし…」 「いいからいいから!」 発信ボタンを押さないでいる大原のスマートフォンを奪い取って、勝手に発信ボタンを押した。プルルル、とコールが始まったのを確認して大原に返す。彼は観念したようで、深呼吸をしてから耳にスマートフォンを当てた。  早川も彼のとなりにぴったりとくっ付き、聞き耳を立てる。    プルルル、プルルル、と数回コールを繰り返して電話に出たのはよく知った声。 『……ナゴ?』 『え、ちょっと貸して!もしもし!お前、どこにいんだよ?!』 「え、陽介?」  佐野のスマートフォンに掛けたはずなのに、最初に出た声の主は神崎だった。そして次に岸田が出た。音量がバグっているのではないかってほど声が大きくて、思わずスマートフォンから耳を遠ざけてしまう。何やら焦っている様子だ。 『連絡も寄越さないで、佐野さんがめっちゃ心配してんぞ!やばいぞ!』 「ごめん。佐野さんと話したいんだけど、今どうしてるの?」 『えーっと、さっきまで起きてたんだけど…潰れちゃった』  潰れた、とは?  早川と大原は二人見合わせて首を傾げる。すると、電話の向こうが急にざわざわと騒がしくなる。誰かが大きな声で話しているようだ。 『ってかどこいるんだよ?今日は帰ってくるの…って、ちょっと!』 『よーお、なごたろお〜。どこ行っちゃったんだよ〜心配したぞー!』  呂律が回っていない酔っ払いの話し方。早川には聞き覚えがあった。つい最近大原の家に遊びに行った時に居た酔っ払いの男の人と同じ声。直接話したことはないが、確か名前は佐藤、といったはずだ。 「佐藤さん酔っ払ってる?今日も明日もまだ平日だよ?」 『今日はー、特別!佐野がなあ、どおーっしても飲みたい!って言うからさあ〜付き合ってやったの!』 「え、佐野さんが?」 『佐野の奴、もう潰れちゃったけどなあ〜』  珍しい、と電話で話しながら大原が驚いた顔をした。  聞き耳を立てていても、酔っ払い特有の呂律が回らない口調では、殆ど何を話しているのか分からない。ひとつ分かったのは、佐野が酒に酔って潰れてしまったということ。あのしっかりしていて隙の無さそうな佐野が酔っ払って潰れる姿なんて、早川も想像が出来ない。 『早く帰って来いよ〜!佐野、反省してたぞ〜泣いてたぞ〜』 『佐藤さん、ちょっと貸して!もしもし、ナゴ?』   受話器の向こうの声が酔っ払いから岸田に変わった。 『どうせ早川のところにいるんだろうけど、さすがに今日は帰ってきてくれよ。佐野さんが可哀想だよ…佐藤さんはいつもだけど、佐野さんがこんなんなってるの初めてだし…』 「…うん」 『ってか何があったんだよ?俺とか神崎が怒られたり喧嘩したりは割と頻繁だけど…ナゴが喧嘩するなんて、よっぽどじゃんか』 「うん、まあ…今度、ちゃんと話すよ」 『約束だからな!まあ、とりあえず帰って来いよ!』  じゃあな、と言ってガチャリと電話が切れた。  何だか急に嵐が来たんじゃないかと思うほど賑やかな電話で、聞いてただけなのにどっと疲れが襲ってきた。  目的である佐野との仲直りは出来なかったが、大原の一緒に暮らす家族が彼のことをとても心配していることが、隣で聞いていた早川にもひしひしと伝わった。  電話を切った後、大原のスマートフォンならメッセージの受信を知らせる音が鳴る。  神崎からのメッセージだった。文面は無く、酔い潰れてソファに寝転がる佐野と、フローリングに寝転がる佐藤の写真が一枚送られてきただけ。  いい大人が何してるんだ、と二人で写真を見て吹き出した。 「駿太、ごめん。今日はやっぱり帰るよ」 「うん、わかった」  ちゃんと謝らなきゃ、と彼は言う。  早川もそれがいいと思った。

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