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11.穏やかな日常と戻らない時間2
先日の運動会、目玉競技のクラス対抗リレー。早川はアンカーを走った。
バトンを受け取った時は5組中3位だったが、そこから追い上げて2人を抜き、1位でゴールするという劇的なレースがあった。
早川はこれを大原に見ていて欲しかった。大原とは組が違ったので応援はして貰えなかったかもしれない。
ただ、大好きな彼に、自分が一番格好良くなれる瞬間を見せたかったのだ。
「もちろん、見てたよ。すごかったな…」
「えへへー、だろ?」
自信のあることを褒められると素直に嬉しい。自然と口角が上がってしまうのを必死に隠した。
「カッコよかった?」
「ああ、もちろん。格好良かった」
「…もっと見たい?」
「…え?」
どういうことだ、と大原は首を傾げた。
「…あ、秋の大会、見に来て欲しいんだけど…駄目?」
運動会の話は"振り"でしかない。本当に言いたいことはこれだった。
ただ誘うだけなのに、緊張で息が詰まった。
3年生はこの夏で引退し、秋からは早川たち2年生が主体になる。主体になって初めての大会を、大原に見に来て欲しかった。
格好良いと褒めてくれた姿を、彼にもっと見せたい。
大好きな彼が見てくれたら、きっともっと頑張れる。
本気で頑張っている事だからこそ、断られるのが嫌だった。興味が無いなんて言われたら、今ここで泣いてしまうかもしれない。だから、誘うのに緊張してしまった。
実は、大原の口からスポーツの話や部活の話なんて聞いたことがない。だからちょっとだけ不安だった。
「行く。行きたい!」
早川の心配を他所に、彼は即答した。しかも、ちょっと嬉しそうな顔をしている。早川はホッとした。
「あー、良かった。断られたらどうしようかと思ったー……」
「断るわけないだろ。毎日練習してるの見てるし、応援しに行きたい」
「ん?練習見てる…?俺、見られてたの?」
「え…あっ!」
しまった、と彼は視線を逸らした。
彼が練習を見ているなんて微塵も知らなかった。別に隠しているものではないので良いのだが、いざ見られていると知ると何だか恥ずかしい。
きっと大原も同じだ。別に隠していたわけではないのだろう。それが早川にバレてしまったので、少し照れ臭そうにしている。
「部活の時間と補習の時間、がっつり被るだろ?」
だから見てた、と大原は観念したように言った。
補習を行う教室は、普段授業を受ける教室と違う場所にあって、たまたまそこからグラウンドが見えるらしい。ただ、補習は空き教室を使用するので、別の部屋でやることもある。その時は見てない、と彼は言っている。
以前とはまるで反対だ、と早川は思った。
1年生のとき、落ちこぼれ補習を受けながら、中庭に居る大原を見ていた。ずっと見られていたことを、きっと彼は知らない。
見ていた、というより自然と目で追っていたというのが正しいかもしれない。気になっていたのか、それとも、その時もうすでに彼のことが好きだったのか。
もうしばらく前のことなので分からない。ただ、大原もあの時の早川と同じように、自然と目で追っていてくれていたらいいなと思った。
大原と過ごしているとたまにある、この"愛されてるなあ"と感じる瞬間。
今までも何度かあったが、幸せが溢れて胸がいっぱいになる。どんな顔をして彼を見たら良いのかわからなくて、とんでもなく気恥ずかしい。
彼の方を見れなくて、花壇へ視線を落としていると、ふとある花が目に留まった。
「あれ、こんな奴、去年あったっけ?」
他の花に比べて、一段と派手に咲く赤、オレンジ、黄色。見たことがあるような気がする。きっと有名な花だ。
去年ずっと水遣りはしていたが、花がこんなに気になったのは初めてだ。
「あったと思うけど。マリーゴールド、だろ?」
「あ、それだ!聞いたことある」
やっぱり有名な花だった。どちらかというと、思い出すのは花の形状ではなく歌の方だが。
「なんか、駿太みたいだよな」
「え、俺?なんで?」
「えーっと…元気そうなところが」
適当かよ、と言って笑った。
いつの間に仕事も完了し、花壇を見ながら立って話しているだけになっていた。
「そろそろ戻るか」
「うん、そうだね」
気が付いたら随分時間が経っていた。もうすぐ朝のホームルームが始まる。
「ねえ、次当番の時教えてよ。俺も手伝うから」
「わかった。駿太も教えて。俺も手伝いに来る」
「うん、わかった!」
やはり、中庭で一緒に過ごす時間は大好きだ。
当番制に賛成してしまったのは、勿体なかったかもしれない。
かけがえの無い、穏やかな日常。
これが一生続けばいいのに、と早川は思った。
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