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11.穏やかな日常と戻らない時間4

*  一体なにが起こったのかわからない。  これが本当に現実なのか、信じたくない気持ちでいっぱいだ。  早川の声に名前を呼ばれて、振り向いた直後だった。  登校していた生徒の群れに、乗用車が躊躇いなく突っ込んで行った。ブレーキの音なんて、全く聞こえなかった。  あの中に、早川も居たはずだ。  乗用車はその後こちらに向かって来た。  何度も電柱やガードールに衝突しているので、フロントガラスにヒビが入り、バンパーやボンネットがぐしゃぐしゃに凹んでいた。    その乗用車は大原の前まで来て、急ブレーキを掛けで停止した。  ガチャリ、とドアロックが外れる音。  自分はきっと、この殺人車の運転手を知っている。  逃げなきゃ、と思った。  しかし、根を囃してしまったかのように足が動かなかった。 「…ああ、また会えたな」  殺人車から降りて来たのは、自分と血の繋がった父親。 「お前が俺の知らないところで幸せになろうとするから、いけないんだぞ」  一歩ずつ、彼は近付いてくる。  相変わらず感情の無い顔。まるで無機物を見るような視線。  逃げなきゃ、逃げろ、早く大人を呼ばないと。頭ではわかっているのに、身体が固まって動かない。 「お前のせいだ」 「お前のせいでこうなったらんだ」 「お前が幸せにならないためには、こうするしかなかったんだ」 「お前のせいでお友達が死んでしまったかもしれない」 「お前が居なかったら、こんなことしなくて済んだのにな」 「全部、お前のせいだ」  まるで洗脳するかのように、何度も何度もお前のせいだ、と言われた。 「酷い…なんで……こんな、こと……」 「酷い?なんで?血の繋がった父親を放って、1人だけ楽しく生きてるお前の方がひどいだろ。だから、お前が不幸になるようにしたんだ。なあ、この親不孝者」 「お前なんて……父親じゃない」 「……いい態度だ」  感情の無い視線に、怒りが宿る。家族であることを否定されることに、この男は極端に沸点が低い。  胸倉を掴まれ、頬を思いっ切り殴られた。周りの生徒たちから悲鳴があがる。その衝撃を受け止めきれずによろけてしまう。すると、容赦なく腹を蹴飛ばされ地面に転がされてしまった。 「忘れたか?小さい頃、俺の言うことを聞かないと痛い目に合うぞって、教えたよな?」  何度も踵で踏みつけられるように蹴りを入れられた。躊躇する様子は微塵も感じられない。  蹴りだけで気が済まないのか、地面に横たわる大原に馬乗りになり、また頬を殴った。 「俺をこんなに不快にしやがって。お前なんて、産まれて来なければよかったんだ」  最低な人だと分かっているのに、何故か目の前のこの男の言葉が胸に突き刺さる。  お前のせいだ、産まれて来なければよかった。誰も人でなしの言葉で、本当なら気にするべきではないのに。  胸に刺さって、大きな傷痕を残した。  頭に強い衝撃を受けたせいか、朦朧とする意識の中。遠くからけたたましいサイレンの音が聞こえる。  すぐに大勢の大人が来て、自分から馬乗りになっていた男を引き剥がした。  何もない穏やかな日に起こった残酷な事件。  歪んだ親子愛が生んだ悲しい事件として、この先、この町にずっと語り継がれることになる。  

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