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12.約束と変わらぬ愛3

 大原も怪我をしているようだった。早川の居るベッドの傍にある椅子に、ゆっくりと腰掛けた。触ろうとして屈んだ時、息を詰まらせて自身の胸の下あたりを抑えていた。 「怪我、してるの?」 「…肋骨をちょっとだけな。駿太のより、全然軽いよ」  動作がいつもよりゆっくりなのはそれが原因のようだ。軽い怪我、と聞いて安心した。岸田からもそう聞いていたが、やっぱり人伝に聞くのと本人から聞くのでは違う。 「帽子とマスク、取らないの?」  一向にそれらを外そうとしない大原に、早川は首を傾げながら言った。久々にやっと会えたのだから、顔を見ながら話したい。 「ああ、ごめん。外すよ」  怪我したから痣が酷い、と言いながらも彼は早川に言われてすんなりとそれらを外した。別に怪我を見られたくない訳ではないようだった。 「え、それ大丈夫なの?どうしてそんな痣出来ちゃったの?」 「あー、これは…殴られて……」 「殴られた?!」  痣が酷い、と言っていたが確かに酷かった。左の頬に大きな痣があって痛々しい。切ってしまったのだろうかか、額の左側、左目の上にも大きなガーゼが貼られていた。  怪我に目がいってしまって気付きにくかったが、久々に見た彼の顔は以前に比べて少し痩せていたように見える。そして、明らかに元気が無かった。  顔に出来た痛々しい痣に、そっと触れてみる。少し驚いた顔をしていたが、痛がる素振りは見せなかった。少し触れる程度なら大丈夫みたいだ。見ただけではわからなかったが、触れてみると少し熱を持っていて、腫れているような気がした。  誰にやられた、なんで野暮な事は聞かない。ただ、実の息子がこんな怪我をするまで暴力を振るうなんて、正気じゃない。   「…俺のことより、駿太が無事でよかった」  大原は頬に触れていた早川の手を取って、ぎゅっと握った。 「…本当に、生きててよかった」  そう言った声は絞り出したように小さくて、少し震えていた。  本当に心から安堵した、と彼は大きく息を吐いた。  彼に言われて初めて"生"を実感した。  あの事件で亡くなった人もいる。もしかしたら、自分が死んでいたかもしれない。  友達に会うのが、最後だった。両親に行ってきますというのが、最後だった。学校に行くのも最後だった。大原の姿を見るのも、あの日が最後。そう考えるとゾッとした。 「足、怪我したんだろ?どのくらいで治るんだ?」 「うん、ちゃんと歩けるようになるには1年くらいかかるって」 「1年、か…」  長いな、と大原は悲しそうな顔をして言った。 「うん。だから、俺、秋の大会出られないんだ。約束、守れなくてごめん」  大原に走る姿を見て欲しかった。ただそれだけなのに、そんな簡単なことも叶わなくなってしまった。  秋の大会に出るのは当然のことだと思っていたのに、急に起こった不幸な出来事のせいで無理になった。今まで当たり前のように出来ていたことが、急に出来なくなった。  部活動に高校生活の全てをかけてきたのに。悲しくて悔しくて不甲斐なくて、でもどうにも出来なくて。色々な感情がごちゃ混ぜになって、自然と涙が溢れてきた。  今、大原の前では絶対に泣かないと決めていたのに、涙が勝手に溢れて止まらない。きっと自分より大原の方が落ち込んでいて苦しんでいるはずなのに。彼を元気付けてあげたいと思っていたのに。今泣いてしまうと、きっと大原は自身を責める。止まれ、と思っても全然止まってくれなかった。   「俺のせいで…ごめん」  ほら、やっぱり。大原は自身のことを責める。 「ううん、ちがう。ナゴのせいじゃないよ、ナゴは悪くない」  握られていた手を一旦解いて、指を絡め合うように繋ぎ直して、ぎゅっと力を入れた。大原の手にも力が入って、ぎゅっと握り返してくれた。  ちがう、そうじゃないと何度も何度も彼の自分を責める言葉を否定する。大原は頷いていたが、どうしてかこの言葉が彼に届いていないように感じた。 「…そろそろ、帰らないと」 「え、もうそんな時間?」  窓から差し込んでいた夕日はいつの間にか沈んでしまって、外はだんだんと暗くなり始めていた。もうそろそろ、面会の時間も終わりだ。 「明日も、来てくれる?」 「うん、来るよ」    名残惜しかったけれど、時間は待ってはくれない。指を絡ませるように繋いでいた手を離して、大原はゆっくりと立ち上がった。  明日も来る、と彼は言ってくれたが何か妙な違和感を感じる。とっさに何か言わなきゃ、と思って出て行こうとした彼を呼び止めた。  何か約束しないと、彼がもう二度と自分の前に現れなくなってしまう。何故かそんな気がした。 「秋の大会は無理、だけど…俺、リハビリ頑張って来年の夏にはまた走れるようになるから」 「…うん」 「だから、その時は…」 「もちろん。絶対応援しに行く」  約束する、と言って彼は病室を出て行った。

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