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12.約束と変わらぬ愛4

「ちゃんと話できたか?」  面会を終えて病院を出る。外の駐車場に車を停めて待っていたのは、佐藤と鮫島だった。 「…話はしたけど、言えなかった」  大原は首を横に振って答えた。 「そうか。ま、そりゃそうだ。久々に会ったのにお別れのあいさつ、なんて出来っこねーよな。悲しすぎるぜ」 「…………」 「ああ、そうだな。俺たちが事件を止められればこうはならなかったのに、な」  あの事件の日から、大原の生活は変わってしまった。  あの日、事件があってすぐ警察である佐藤と鮫島がすぐさま駆け付け、大原の父親を逮捕した。怪我をした生徒たちは次々と病院に運ばれた。軽症だった大原も病院で処置を受け、その後警察署で事情聴取を受けて家に帰ることになった。  そこからが、地獄だった。  警察署の入り口には多くの記者たちが集まっていた。 「今のお気持ちは?」 「お父様はどんな人でしたか?」 「事件を起こす前に何か言っていましたか?」 「最後にお話しされたのはいつですか?」 「お父様とはどういった仲だったのでしょうか?」 「お父様とは不仲だったのでしょうか?」 「一緒に暮らしていないのは何かわけがあったのでしょうか?」 「父親が事件を起こしたことをどうお思いですか?」 「事件についてどうお思いですか?」 「恐ろしい事件でしたが何か感じたことは?」 「遺族の方へ何か言うことは?」 「亡くなった方へ何か言いたいことは?」  この時、自分が犯罪者の子としてこの先ずっと生きていかなければならないということを、再認識させられた。  そのあとは佐野が迎えに来てくれて、隠れるようにして家に帰った。しかし、そんなことで記者たちを撒くことはできない。  どうしても大原の声を聞きたい記者たちは、家の周りで張り込みをするようになってしまい、心休まる時間が無くなった。記者たちの対応は佐野がしてくれていたが、日に日に彼が疲れてしまっているのが目に見えて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。  記者たちの目を盗み外に出られたとしても、今度は父親が残した呪いの言葉が大原を苦しめた。お前のせいだ、お前のせいで人が死んだ、という幻聴が聞こえる。近所を歩くと後ろ指を刺されているような気がする。あいつのせいで事件が起きた、と常に陰口を叩かれているような気がして、家から出られなくなった。  この町で生活することに、限界を感じてしまったのだ。  だから、佐藤と鮫島に連れられて遠くへ行くことになった。  出発は明日。  今日はそのことを伝えに早川に会いに来たのだが、伝えられずに帰ってきてしまった。 「なあ、永太郎。1日くらい出発遅らせてもいいんだぞ?」 「…いや、明日で大丈夫。でも明日の出発前に、もう一回だけ病院に寄ってもいい?」  遅らせてしまうと、きっと別れが辛くなる。だから、最初から決めた通りにことを進めようと思った。    町を出ることに抵抗はない。今まで何度も引越しを経験したことがある。幼い時、父親から逃げるために母親に連れられて町を出た1回目。そして父親に見つかって連れ戻された2回目。両親が居なくなり施設に行くことになった3回目。佐野に引き取られてあの家の子になった5回目。そして今、世間から身を隠すために遠くへ行く6回目。  普通とは呼べない生活をしながら、自分は幸せにはなれないとどこか諦めて過ごしてきた。しかし、5回目の引越しでこの町に来て、家族と呼べる人が出来て、早川と出会って考えが変わった。見る世界が変わった。  特に早川と出会ってからの1年間、毎日が楽しかった。純粋で真っ直ぐな早川は、大原が欲しかったものを全て持っていて、全てを惜しみなく与えてくれた。幸せを知らなかった大原に、幸せになることを教えてくれた。愛に飢えていた大原に、無償の愛を与えてくれた。  普通ではない自分も、普通の幸せを手に入れられると気付かせてくれた。だが、その普通の幸せも諦めることになってしまった。  これから自分は、世間から逆風を浴びながら生きていかなければ行けない。そんな自分と一緒に居ては、幸せになれない。  最近は泣かせてしまうことが多かった。昨日も彼は泣いていた。大事な人には幸せになって笑っていて欲しい。だから別れる道を選ぶことにした。  出発前、明日が最後。  覚悟はもう決まっている。

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