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14.寂しさと止まった時間2

色のない毎日を送っていたある日のことだった。  この日は歩行練習のために病院に行く予定の日。しかし、ものすごく行きたくない。  練習しても練習しても、うまく歩けるようにならなくて、早川の心は折れかけていた。以前は当たり前のように歩いたり走ったりしていたのに、今は6メートルの平行棒につかまりながら、それを10分もかけて往復するのがやっとだ。道具が無ければ歩くことすら出来ない。  当たり前のことが出来ない。その事実がさらに虚しさを掻き立てた。  大好きだった体育の授業も、見学ばかりでつまらない。壁によりかかりながら座って見てるだけ。今日の授業はバドミントンだ。目の前で神崎と岸田がゆるいラリーを続けている。 「なあ、早川もやろうぜ」 「え?無理だよ…この足だもん」 「いやいや、突っ立って羽打ち返すくらいなら出来るだろ?」 「うーん…いいや、ごめん」  岸田も、神崎と比べると一緒にいる時間は少ないが気に掛けてくれているのがわかる。いつもの早川だったら挑戦していたかもしれないが、今日は彼らには悪いがそんな気分になれないのだ。 「……早川、大丈夫?」 「おまえ今日、めちゃくちゃ元気ないぞ?」 神崎と岸田がラリーを辞めて、早川の正面に座った。 「どうしたんだよ?やっぱりナゴが居なくて寂しいんだよな?」 「…足、痛むのか?」  二人とも冗談ではなく本気で心配してくれているのが分かる。さすがに気が沈んでいるのを表に出しすぎたと反省した。要らぬ心配までかけてしまいそうだ。 「大したことじゃないんだ。色々めんどくさくなっちゃって……今日、病院行きたくないなあって思ってただけだよ」  なんだあ、と少しだけ安心したように岸田がため息をついた。 「いいじゃん、1日くらいサボっちゃえよ」 「…サボる?」 「そう、サボるの!」  平然と言いのける岸田に、早川はきょとんとした。サボる、という3文字は早川の中には存在していないようだ。 「おまえは真面目過ぎなんだよ!何でも頑張りすぎ!なあ、光?」 「……頑張りすぎは、よくない」 「そうだよ!おまえには今、心と体の休養が必要なんだ。だから1日くらい、いいんじゃねえの?」 「……休んだ方が、いいよ」 「俺と光を見てみろ!今だって座って話して体育サボってるし、部活だって週2回はサボってる」 「……威張るようなことじゃないけど」  変なことを言っているが、二人は至って真面目だ。肩の力を抜け、とこの二人なりに訴えているのだ。 「…頑張りすぎ、かな?」  頑張りすぎている、という自覚は確かにあった。だが、頑張り過ぎには理由がある。他のことを考える暇がなくなるくらい、懸命に、夢中にならなければならない理由が。 「でも、頑張ってないと……思い出しちゃうんだよ…」  何を、とは聞かず、二人は悲しそうな顔をした。    他のことを考える余裕がないくらい頑張らないと、思い出して寂しくなる。寂しくて堪らなくなる。だから、心が擦り減るほど頑張った。自分を追い込んだ。  その結果、心が折れそうになっている。どうしようもないな、と早川は自嘲気味に笑った。

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