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15.強い想いと小さな未練1

 引っ越してから暫くが経ち、生活にはだんだんと慣れてきた。  佐藤と鮫島の店がオープンして、そこの手伝いをしながら静かに暮らしている。手伝い、と言っても優介の店でバイトしていた時とほとんど変わらない。だから、喫茶店やバー で働いたことがない2人より、大原の方が仕事が出来た。  田舎で開いた店だったから、客足が心配だった。しかし、都会から逃げてきたイケメンおじさんと寡黙なおじさん、そして若い青年という奇妙な組み合わせの店員がいる店という噂が若い人中心に広まり、ありがたいことに繁盛している。  学校に行かずに働く生活に、最初は戸惑ったが、慣れてしまえばどうって事もない。起きて仕事に行って、帰ってきて寝るということを繰り返すだけ。  そしてここに来てから、色々と昔のことを思い出した。  父親は自分が生まれる前に死んだと思っていたが生きていて、自分にはちゃんと父親と母親と3人で生活していた時期があったのだ。ちゃんと家族として生活していたのだ。  しかし、それは大原が小学生になる前までの話。 『永太郎を、世界でいちばん愛してる』  母親がそう言った日から、父親が狂ったように変わってしまった。  母も父も、愛すること、愛されることに異様なほどに固執する人だった。  だから父親は、最愛の母親の愛の向く先が自身では無く息子だという事実が許せなかったのだ。  人が変わったように暴力を振るうようになった父親から、母親と一緒に逃げては捕まり、逃げては捕まりを何度か繰り返し、何度目かで母親が諦めて命を絶った。父親は虐待の罪で警察に連れて行かれた。幼い自分だけが残されてしまったのだ。  2人が居なくなって辛かった。辛いことは忘れてしまった方がいい。だから、現実から逃げるように忘れ去った。  父親の本質を忘れた自分が会ったせいで、あの事件が起きた。たくさんの人を悲しませた。たくさんの人を苦しませた。  大事な人に辛い思いをさせてしまった。  もし過去のことを覚えていたら、もし父の本質を知っていたら、事件を避けられたかも知れないとは思わずにいられない。自分を責めずにいられない。  あの男が居なくなっても、自分の身体には愛に固執して狂ってしまったあの男の血が流れている。愛すること、愛されることに強い拘りを持っていた母親の血も流れている。  両親は、大事な人と一緒にいたせいでおかしくなってしまった。  大事な人の側にいると、自分も同じ道を辿ってしまうのではないかと怖くなって逃げ出した。

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