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16.約束の夏と夢の舞台2

 会場から出て行った彼の背中を追いかけて、人気のない駐車場でやっと彼に追いついた。まだ大会は中盤を迎えたばかりで、こんな中途半端な時に帰る人なんていない。駐車場には、自分たち二人しか居ないようだ。  走って追いかけた勢いのままに、彼の背中へ飛び付くように抱き付いた。  ビクリ、と驚いたように彼の背中が跳ねた。そんなことには構わず、もう何処にも行かないように、逃がさないように腹に手を回して、ぎゅっと抱きしめた腕に力を込めた。  次に会ったら文句を言ってやろうと思っていた。勝手に居なくなるな、何で何も言ってくれなかったんだ、とか。文句は沢山用意していた。  しかし、1番最初に出てきたのは用意していたどの文句でもなかった。 「……っ、会いたかった」  抱き付いた時に感じた彼の体温。背中に顔を埋めると懐かしい彼の匂い。胸が一杯になって、文句なんて出てこなかった。代わりに出てきたのは"会いたかった"のただ一言。 「…走れるように、なったんだな」  やっと口を開いてくれた。  久しぶりに聞く彼の穏やかな低い声。記憶の中と変わらない、大好きな声。 「うん。約束したから、俺頑張ったんだよ。ビリだったけど…」 「ああ。約束、覚えてる。本当は来たら駄目だと思ってたんだけど……どうしても、見たくて」 「ううん、駄目じゃないよ。来てくれて嬉しかった」  大原が約束を覚えてくれていたことが、守ってくれたことが嬉しかった。  早川の手にそっと大原の手が重ねられる。 「…ごめん、もう俺行かないと」 「嫌だ。絶対離さない」  ここで離したら、二度と会えないかもしれない。まだ自分を赦せないでいる大原は、きっとまた早川の前から姿を消してしまう。 「…俺、ナゴと一緒にいたい」  もう一度、大原が居なくなってしまうなんて考えたくない。 「お願い、もう急に居なくならないで」  離れ離れになって、辛かった。  約束があって、また会えると信じていたから頑張れた。でも、やっぱり寂しかった。 「寂しかった。ずっと会いたかった」 「……俺も、会いたかった」  ぽつり、と消え入るような小さな声で大原が言った。 「……俺も、一緒に居たい」 「……うん。じゃあ一緒に居ようよ」 「でも、分かるだろ?こんな、俺と一緒だと……また、迷惑をかける。幸せになれない」 「ナゴと一緒に居れないなら、幸せになんかならなくてもいい」 「……っ、また、傷付けるかも」 「そんなの、わかんないじゃん」  何故か大原は怖がっているように見えた。幸せになることに?それとも、また何か悲しい出来事が起こってしまうのではないか、ということに?  わからない未来に怯えてるなんて、彼らしくない。  背中から抱きしめていた手を緩めた。もう手を離しても彼は逃げたりしないだろう。何となくだが、そう感じた。  重ねた手は離さないまま、彼の正面に回って、彼の顔を見上げた。 ああ、やっと顔が見れた。  我慢していたのに、勝手に涙が溢れ出す。 「……駿太、また泣いてる」 「ううん、これは……っ、なんか、顔見たら、ホッとしちゃって……」  大原の大きな手が早川の頬に触れる。目尻を親指で擦るようにして、溢れた涙を拭った。こんなことを自分にするのは彼だけだ。頬に触れた感触、そして体温が側に居ると実感できて、胸がいっぱいになる。    1年ぶりに見た大原の顔は、記憶の中より少し大人びて見えた。もっと良く見たくて帽子を取る。前髪でよく見えないが、左眉の上に古い小さな傷があった。最後に病院であった時、ガーゼを貼っていた場所だ。あの時の傷が残ってしまったようだ。 「ナゴ、傷が…」 「あ、うん。これ……消えないって」  戒めとして、敢えて消さないようにしているように見えてしまう額の傷。  まだ大原は自分を責めている。傷付いた心が治っていない。もしかしたら、もう治らないのかもしれない。  早川のそばにいて、幸せを感じることに恐怖を感じている。自分を赦すことを怖がっている。 「ナゴ、怖いの?」  こんな自分が、幸せになって良いのか。こんな自分が、大事な人と一緒に居ても良いのか。また大事な人を傷付けてしまうのではないか。こんな自分がーーー自分を、赦しても良いのか、と。彼は感じる必要の無い恐怖に苦しんでいる。 「……そうかも」 「じゃあ、さ」  大原が自分を赦せるようになるまで。  彼が自分のせいだ、と責めることがあったら、隣で違うと否定する。幸せが怖いと言ったら、怖くないよと側で手を握る。  出来てしまった心の傷は、完全に治すのは難しいかもしれない。でも、ちょっとずつ埋めていくことはできるはず。 「ナゴが怖くない方法、一緒に探そうよ」  大原が恐怖を感じない"幸せになる方法"。  そんなものが存在するかなんて分からない。でも、二人一緒だったら見つけられる気がした。  そして、大原が自分を赦せるようになったら。みんなが羨ましいって言うくらい、二人で一緒に幸せになろう。  繋いだままの彼の手に、ぎゅっと力が籠ったのを感じた。

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