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17.夜更かしとふたりの時間1

「もしもし」 『……遅くなってごめん。まだ起きてた?』 「うん、待ってた」  夏の約束の日から、時は流れて2月を迎えた。  時刻は夜の1時過ぎ。高校生の早川にとってはかなり遅い時間、普段ならとっくに寝てる時間だ。しかし、今日は約束の日だったから頑張って起きていた。 『明日は、学校あるのか?』 「うん、学校だけど、大丈夫!」 『大丈夫って……いや、大丈夫じゃないな。今日は短めにしよう』 「えー、大丈夫なのに」  あの日、大原とじっくり話せたのは、あの駐車場で会ったときだけだった。  早川は最後の大会の日だったので夜まで時間が取れず、大原は始めから夕方の飛行機で帰る予定で、そのまま帰ってしまった。  だが、早川はあの短い時間でも大原に会えて良かったと思っている。大原も早川と一緒に居たいと言ってくれた。彼の心を早川に繋ぎ止めることが出来た。だから今、こうして電話で話している。  物理的距離は離れているが、気持ちは、心は今までで一番近くに感じている。 「そういえばね今日、岸田が本命の私立、受験してきたんだって」 『え、大事な日じゃないか。陽介、どんな感じだった?』 「やれることはやったって言ってたけど、どうなのかな…元気はあったけど」  岸田は大原の元同居人だ。明るくてしっかりしているので心配は要らなそうに見えるが、受験となれば話は違う。ちょっと心配そうな声に聞こえた。  早川、神崎、岸田の仲良し3人組の進路も、決まっていないのは岸田のみ。  神崎はかなり早い段階で、音楽の大学をAO入試で受験した。ピアノがかなり上手いらしく、ピアノのお陰で合格と言っていたが、早川は音楽に詳しくないし、軽音部でキーボードを弾いている神崎しか知らないので、腕前はよく分かっていない。  早川は怪我で入院した経験から、医療系を目指すと決めて、看護学校を受験した。早川も学校推薦で受けることが出来たので、早い段階で受験を終えた。過半数が女子、という世界だが、まあなんとかなるだろう。  岸田は就職から進学へ、急に進路を変えたため、受験のスタートダッシュが遅れてしまった。元々"やれば出来る子"だったので順調に成績を伸ばし、1月にセンター試験を受け、今も頑張っている。ゴールはもう少しだ。  大原も大原で、今は順調に佐野の友達の店で仕事をしているらしい。その店での仕事が終わる時間が遅いため、二人で電話をするのが遅い時間になってしまうのは仕方の無いこと。  以前は毎日電話していたが、度重なる夜更かしのせいで、早川の学校での居眠りが問題になった。それ以来、次の日学校が休みの時、大原の仕事が休みで早い時間に電話が出来る時に絞って電話をするように気を付けていた。  と言っても、最近は早川の受験が落ち着き、学校も自由登校になったので、休みや時間に構わず電話することも増えた。今日のように。 「ねえ、そういえば聞いてよ!」 『どうした?』 「たぶんなんだけど……ついに岸田に身長超された……」 『ああ、そうか…』 「いつまで伸びるんだよって感じだよね!俺なんてもう伸びないし…」 『…ははっ』 「笑い事じゃないから!今までアイツのこと散々チビで弄ってきたのに……絶対仕返しされる!」    話す内容は、いつも他愛のない事ばかり。主に早川が学校の事、テレビで見たことなどを話していて、大原はそれを聞いてくれる。一緒に花壇の世話をしていた時と、なにも変わらない。  たかが電話、と思われるかもしれないが、早川はこの時間が好きだ。いつも楽しみにしている。遠くにいるけど、声を聞くと近くに居るように感じる。一緒に触れ合うことは出来ないが、このひと時が堪らなく幸せだった。 「なんかね、受験終わってひっさしぶりにゆっくりテレビ見てたら、再放送のドラマ見やっててさー。めっちゃ面白くて!見てた?あのラグビーの……」 『見てたよ。佐藤さん…一緒に住んでる人が見てて、めちゃくちゃ泣いてた』 「わかるー!俺も泣いちゃったもん。その人って、あの佐野さんの友達の人でしょ?」 『そうだよ』 「えー、大人の男の人でもドラマ見て泣いちゃうんだね。うちの父さん、一緒に見てたけど泣いてなかったからさ」 『まあ、あの人は特別、かな……』 「なんか若々しいもんね、あの人……ふあぁ……あっ!」  気付けばもう深夜2時。お世辞にも遅くないとは言えない時間になってしまった。話していても眠気がやってくる。不意に出てしまった欠伸を隠すように、慌てて口を抑えた。   『…そろそろ、終わるか』  欠伸はしっかりと大原に届いてしまったようだ。 「えー、もうちょっとだけ…」 『……明日、もっと早く仕事終わるから。今日はもう寝よう。な?』  早川のことを気遣っている時の、諭すような優しい声。この声に早川は滅法弱かった。そんな風に言われたら、言うことを聞かざるを得ない。

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