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19.触れる体温と重なる心音1
「………えっ?」
目を覚ましたらベッドの上にいた。ひとりで。
おかしいな、と首を傾げる。昨夜、ソファに座って大原が風呂から出てくるのを待っていたことは覚えている。何故か急に眠くなってきて、でも寝ないように頑張った。結局睡魔に勝てずに寝てしまったのだろうか。
それより、どうして大原の部屋にひとりで寝ていたのだろうか。大原はどこに行ってしまったのだろうか。よく分からないことだらけである。
時計をみるとまだ5時前だった。起床するには早すぎる時間。窓の外はまだ薄暗かった。
なんとなく、ひとりでは二度寝する気にもならなくてベッドを降りた。大原を探して居間へ行くと、彼はソファの上で眠っていた。背が高いせいで、身体がソファに収まっていない。足がはみ出ていて窮屈そうだった。
「…なんでこっちで寝てるんだよー?」
せっかくなら、彼の隣で目を覚ましたかった。
寂しい思いをさせた仕返しだ、と眠る彼の鼻をきゅっと摘む。彼は眉間にしわを寄せて、ふいと顔を背けてしまった。さらにツンツンと人差し指で頬を突く。本来、寝ている人にしても良い悪戯ではないのだが、彼の嫌がる仕草が心を擽って辞められなかった。
そんな風にちょっかいを出していると、ぱちり、と彼の目蓋が開いた。
「……ん、駿太?」
「…っ、おはよー」
起き抜けの掠れた声は、なんだかちょっと色っぽくてドキッとした。
彼はまだ寝足りない様子で、大きな欠伸をした。
「……今、なんじ?」
「5時」
「…………もう少し寝かせてくれ」
「えー、俺眠くないもん…って、うわ!」
ソファで寝転がる大原に、急に腕を掴まれ引っ張られる。体勢を崩した早川は、彼に覆い被さるように倒れ込む。ギシ、とソファが軋む音がした。背中からしっかり抱きしめられて、すっぽりと彼の腕の中に収まった。足もしっかり絡ませてきた。まるで彼の抱き枕になった気分だ。
狭いソファの上で、二人で密着しながら横になっている。彼の腕が腹に回り、しっかりと抱きしめられて身動きが取れない。彼と密着した背中から体温を感じてドキドキする。
「……二度寝しよう」
彼の吐息が首筋に当たる。擽ったくて身動いだ。
「ん……ナゴ、首くすぐったいよ」
「…………」
「ナゴ?おーい…」
どうやら寝てしまったようだ。返ってくるのは寝息だけ。
寝返りひとつできないこの状態で、よくそんなに気持ちよさそうに寝れるものだと早川は感心した。
密着した背中から、トクン、トクンと規則正しい心音が聞こえる。
彼のものはこんなに安定しているのに、背中から感じる体温や首筋を擽る寝息のせいで、早川の心音はどんどん激しさを増していく。
こんなにドキドキしていて、二度寝なんかできる訳がない。
せめて、顔を見られなくて良かった。きっと見せられないほど赤くなっている。
結局、その後大原が起きたのは9時を回った頃だった。寝れるわけがない、と思っていた早川だんだんとあの状況に慣れてきて、いつの間にか眠っていた。
遊びに来たくせに、まるで自宅で過ごしているかのようにしっかりと眠ってしまった。なので、元気いっぱいだ。
朝食を済ませ、支度をして家を出る頃にはもうすぐ昼だ、という時間になってしまった。何かする、という予定はないので問題は無い。
大原に会いたい、という一心でここに来た。何をするとか何をしたい、など何も考えていないし、海が有名な島だというのに水着すら持って来ていない。普通の人が聞いたらきっと呆れてしまうだろう。
だが早川は、ここに来るのはこの一度きりでは無いはずなので、そういうのは次の機会でいい、そう思って割り切っている。
それを大原に伝えると、少し照れ臭そうに笑っていた。
「じゃあ、とりあえずドライブで。せっかく天気良いし、海見えるところ走って行くか」
「俺、免許無いから任せっきりになるけど良いの?」
「大丈夫、そんなに長時間運転するわけじゃないし」
大原があの町にいた頃はまだ高校生だったので、もちろん免許は持っていなくて。ドライブなんて初めてだったので、ちょっとわくわくした。
車に乗り込んで、いざ出発。エンジンをかけて、ハンドルを握る彼の姿をわくわくしながらじっと見つめていると、不意に彼の左手が早川の目を覆った。
「うわっ、ちょっと、ナゴ何するんだよ!」
「こっちじゃなくて、外見てなよ」
「えー、いいじゃん」
「……事故っても知らないからな」
「それは困る!」
あまり見られると運転し辛いようだ。早川は渋々と大原から視線を外した。
今まで気付かなかったが、自分は案外彼の横顔が好きらしい。気を抜くと視線がそちらへ行ってしまう。
「……駿太、マジで事故る」
「えっ、あ、ごめん」
今のは完全に無意識だった。本当に事故を起こされては困るので、早川は運転席とは反対側の窓の方を向いた。
窓の外は南国にありそうな葉っぱの大きな木ばかりで、海はまだ見えなかった。
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