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22.無償の愛で咲いた花

 ある晴れた日の事だった。  暦の上ではとっくに夏が終わる頃なのに、暑い日はまだまだ続く。カラッとした空気が身に染みて、サンサンと眩しいほど太陽が外を照らしている。今日は仕事が休みで、本当なら昼まで寝ている予定だったが、何故か午前中のうちに目が覚めた。  早起きは三文の徳、と昔の人は言った。天気も良いし、せっかくなら掃除でもするかと窓を開けた。   「…うわっ!」  窓を開けた途端、ブワァーと、悪戯な風が部屋の中を吹き荒らす。机の腕に適当に積んでいた郵便物やチラシがバサバサと散らばってしまった。  掃除をする前に仕事を増やしてしまったな、と床に散らばった郵便物たちを拾い始める。ついでに、不要なチラシなどは捨ててしまおう。  ふと、散らばった紙類の中に、安っぽい茶封筒を見つけた。何度も送られて来ていたが、今まで一度も中身を確認したことがない。  いつもなら見つけたらすぐに捨てていたのに。消印を見たら随分前の日付だった。色んなものに紛れて放置されていたようだ。  気分が良かったからだろうか。なにも考えずに封を破って中身を取り出した。なんとなく、開けてみようという気になったのだ。  中に入っていたのは白い便箋が1枚。内容は、近況報告のようなもので大したことが無かった。  本当に、なにも無かったのだ。  恨みの言葉も、罪をなすりつける言葉も。呪いの言葉も、責める言葉も、大原を傷付けるような言葉は何も無かった。  刑の執行が近づいていること、自身に病気が見つかったこと、治療はしないこと。あとは、何かの本の引用なのか、よく分からない言葉ばかり。あの人自身のことばかりで、自分のことなんて一言も書いてなかった。  なんだ、こんなのもなのか、と思った。  自分があの人を怖がって恐れて、複雑な感情を抱いていただけで、あの人の中に自分は居ないのだ。自分が居ようが居ないが、あの時顔を合わせていてもいなくても、あの人は今と同じ運命を辿っているのだろう。  そう思うと、すうっと心が軽くなった気がした。身体が軽くなったような気がした。晴れた空が綺麗に見えた。    それから数日、数週間、数ヶ月が経っても、手紙が来ることはなかった。

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