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22.無償の愛で咲いた花

* 「…もしもし?もう仕事おわったの?」 『うん、まだ約束の時間じゃないのに、ごめんな』 「ううん、全然大丈夫!仕事お疲れ!」  高校生の時から続いている夜の電話の時間は、今もまだ続いていた。  あの頃とは違い2人とも仕事をしていて、しかも早川は夜勤の日もあるのでうまく時間が合わないこともあるが、合わせられる時はなるべく電話をしようと2人で決めていた。  いつもなら約束の時間ぴったりに電話を掛けてくるのに、大原は約束の時間の前に電話を掛けてきた。実は待ち遠しくてスマートフォンを手放せずにいたので、早川としては全く問題無いし、むしろ嬉しい。 『ここ最近、夜勤で電話出来なかっただろ?』 「うん、そうだったね」 『だから、早く声聞きたかった』  胸がぎゅっとなった。これが電話でなければ、愛おしさで彼に飛び付いていたかもしれない。他の人にはそっけなくてドライで定評のある大原だが、早川に対してだけは素直で世話焼きで優しい。愛されてるなあ、と思って顔が熱くなる。 「うう〜、それずるい……」 『ずるい?何が?』 「何でもない!」  本当は直接会いたいけど、今だけは顔が見えない電話越しでよかったと思う。 「で、何か話したいこと、あるんでしょ?」 『……よく分かったな』 「ナゴ、早く電話してくる時って、何かある時が多いからさ」  早川が彼に会いに島に行く直前など、何かあるとき大原は電話に積極的になる。長年付き合っているのだ、そういうことは何となくわかる。 『……手紙、読んだ。もうずいぶん前の話だけど』  彼の言う手紙がなにを指しているのか、早川にはすぐ分かった。高校を卒業してすぐに行った大原の家で見つけた、あの人からの手紙。 「大丈夫、だったの?」 『大丈夫だよ、何もなかった』  驚くくらい、何もなかった。そう言った彼の声色は、穏やかだった。いつもこの手の話をする時、言い淀んだり、声が強張ったりしていたが、そんなことは全くない。大原の中で、何かが変わったのだ。彼はついに前に進むことが出来たのかもしれない。 『その、今度の盆休みの話』 「うん」 『俺の、母親の墓がそっちにあって、今までは佐野さんが墓参りとか掃除とかしててくれたんだけど、もう佐野さんはこっちに居るから』 「うんうん」 『だから、俺がそっちに行ってやろうと思って』 「うんうん……えっ?」  呼吸を忘れるほど驚いた。彼は今、なんと言った。何か都合の良い聞き間違いだろうか。 「……ナゴ、こっちに来るの?」  恐る恐る尋ねる。どうか、これが自分の聞き間違いではありませんように。夢ではありませんように。 『うん、行くよ』 「……帰って、来るの?」 『うん、帰る。待たせてごめんな』  もう大丈夫だから、と大原が言った。  聞き間違いではなかった。試しに頬を思いっきり抓ってみる。痛かった。これは、夢ではないのだ。  現実だと分かると、途端に涙が溢れてきた。ぽろぽろと、ただ静かに頬を伝って落ちる。この涙の理由はいったい何なのだろうか。嬉しいからか、驚いたからなのか。それとも、良かったと心から安心したからなのだろうか。色々な感情が混じり合って、抑えきれなかった。  

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