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永太郎と早川家2
そのような感じでぐるぐる悩み続けて、ついにその日がやってきた。
いつもはパーカーやトレーナー、ジーンズ、スニーカーなどラフな格好を好む大原だが、今日はジャケットにスラックス、そして黒の革靴。比較的しっかりとしたものを身に付けている。本当はスーツで行った方がいいのでは、とも思ったが早川に止められたのでやめた。
実家、と言っても彼の実家は電車で3、40分程度の距離の隣町にある。いつでも帰れる距離にあるが、早川が実家に帰るのは年に10回もいかない程度だ。
大原は早川の実家に行ったことがある。それももう10年近く前の事だが。
確か、3回遊びに行った。1回目は早川と今のような関係になる前に、友人として。その時、彼の両親にも会って一緒に夕食を食べて、自分にも両親がいたらこんな感じなのかと、温かい気持ちになったことをよく覚えている。
2回目は、彼との関係に変化が訪れてから。彼の両親が不在の日に泊まりに行った。そこで、初めて早川に触れて、恋人らしいことをした。忘れるわけがない。
3回目は佐野と喧嘩して、家に帰り難くなってしまった時。結局、佐野と仲直りをするためにこの日は泊まらずに帰った。彼と彼の両親には迷惑をかけてしまったと、今でも思っている。
「ただいまー」
「お、お邪魔します…」
堂々と玄関ドアを開いた早川の1歩後に続いて、中に入る。
「おかえり!あら、大原くん、大人になったねー」
「よく来てくれたね。何も無い家だけど、ゆっくりしていってね」
早川の両親が、ふたりとも笑顔で迎えてくれた。顔を合わせる時、どんな空気になってしまうのかとものすごく緊張していたが、彼らの温かい雰囲気に、歓迎されていないことは無いと、安心した。
「今日は、お招き頂き、ありがとうございます。つまらないものですが…」
「えー!お土産持ってきてくれたの?ありがとうね」
「そんな固くならなくていいよ、さあ、あがって」
「お茶、準備するから。駿ちゃん、居間に案内してあげてね」
「はーい。ナゴ、こっちだよ」
「あ、うん…お邪魔します」
彼の両親は、昔と変わらず温かい。他人である自分にも、惜しみなく笑顔を向けてくれる、温かい人たちだ。
正直、かなり安心した。しかし、自分に対して何も思うことはないのだろうか。
大切な息子の恋人であること、そして、過去にその大切な息子に大怪我を負わせたきっかけを作ったこと。それを何も思わないわけがないと、大原はまだ不安を拭いきれなていない。
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