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永太郎と早川家6
*
「ねえ、ナゴ」
「うん?」
「……今日、ちゃんと楽しめた?」
夜飯遅い帰り道は人通りが少ない。最寄駅から家までの暗い道は、二人以外に人気がないので、手を繋ぎながら歩いた。ふと、早川が不安そうに大原に問いかけた。
「うん、楽しかった。行って良かったよ」
「はあー、よかったあー。ナゴ、緊張してたから心配だったよ」
「行く前は緊張したけど、大丈夫だった」
早川がほっと胸を撫で下ろす。心配させてしまっていたのだろうか。確かに、過度な緊張で早川の気持ちを考える余裕は無かった。申し訳ないことをしたなと思う。
酒が入ったせいか、それとも寒さのせいか、ほんのりと頬が赤い。その姿が可愛くて、愛おしくて胸がぎゅっとなる。ぽんぽん、と優しく頭を撫でた。
「わっ!ナゴ、今日ご機嫌?」
「んー、そうかな」
いつもだったら絶対にしない外でのスキンシップに、早川は少し驚いた様子だった。
だって、今日は気分が良い。早川の家族に会ってから、心がぽかぽかと温かい。この温かさも、この幸せも全て早川のおかげ。早川と一緒に居たから得られたもの。彼が自分のことを愛してくれたから、愛される幸せを知ることが出来たのだ。
「……駿太、ありがとう。好きだ」
「えっ、どうしたの急に?お酒飲んでないのに酔ってる?」
「酔ってないよ、さすがに」
外でのスキンシップは極力控えるようにしていたが、今日は特別だ。夜道で他には誰も居ないし、早川に触れたい気分なのだ。
少し酒が入って陽気になっている早川は、大原が触れると嬉しそうに擦り寄ってくる。そんなことされたら、抱きしめたくなる。キスして、もっと触れたくなる。それは、さすがに外ではダメだ。
「あー……駿太、キスしたい」
「きっ…?!外じゃ駄目だよ!」
「わかってる……わかってるから、やらない」
「……ナゴ、今日なんか珍しいね。どうしたの?」
「うーん……幸せ過ぎて、どうかしてるかも」
自分でも今日の自分はおかしいと思う。自分はこんなに我慢の効かない男だったろうか。ーー触れたい。早川に触れたい。ぎゅっとしてキスをして、幸福を感じたい。
早川のことを大事に大事にしたくて、彼の嫌がることは絶対しないと決めていただろう。彼の意見を尊重して、無理させないと決めていたのに。どうしてか今日は我慢が効かない。
ぎゅ、と握っていた手に力がこもった。どうした、と声をかけたら早川は俯いて、小さなか細い声で言った。
「……そ、外じゃなかったら、いいんだけどな!」
その時、彼の顔が赤かったのは、きっと酒のせいでも寒さのせいでもない。
先程と比べて少し早足で、早川の手を引いて家に向かって歩き出した。
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