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お題『恋愛未満』

『今日の関東地方は晴れ。  降水確率は、各地十パーセント未満の予報です』  今朝の天気予報では確かにそう言っていたのに、空は日暮れと共に、急速に曇り始めた。  遠くで唸る雷鳴。  会社を出る頃には、重くて暗い雲から大粒の雨が降り注いでいた。  折り畳み傘なんて気の利いたものは持っていない。  一番近いコンビニも、走ったところで三分はかかる。ちなみに駅までは五分。  それならいっそ、直接駅へ走ろうかと思ったとき。  ぬっ、と長い腕が目の前に伸びてきた。その手には、ビニール傘が握られている。 「え……?」  視線を向けた先に立っていたのは、今年入社したばかりの新人だった。  名前は……田山だったか、田端だったか。  部署が違うので、『田』が付いていたことくらいしか覚えていない。  学生時代にはアメフトをやっていたとかで、やたらとガタイが良く、無口だけれど、歓迎会の席ではとにかく女性社員にモテていた。 「……お疲れ様です。この傘、どうぞ」  眉一つ動かさず、田ナントカが言った。  この状況でも挨拶を忘れないなんて、律儀なヤツだ。 「お疲れ。どうぞって、お前はどうすんの」 「折り畳み、あるんで」  身体つきに似合わない傘を鞄から取り出し、広い背中はあっという間に遠ざかってしまった。  とても折り畳み傘には収まらず、スーツの肩が濡れているのが、遠目にもわかった。  借りた傘を広げてみると、こっちの方がよほど大きい。  モテるわけだ、ともう見えなくなった後ろ姿を思い返して苦笑する。 「……今度、飯でも奢ろう」  まずは名前を覚えることから始まるこの関係は、  今はまだ、恋愛未満。

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