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お題『気を許す』

 お前を拾ったのは、冷たい雨の日だった──。  一日目。  薄暗い路地裏で、隠れるように縮こまっていたお前は、  俺の部屋に着いても、玄関からなかなか動こうとしなかった。  乱れた黒い毛を逆立てて、  警戒心を剥き出しにしながら睨みつけてくる、大きな瞳を、今でも鮮明に覚えている。  三日目。  水しか口にしなかったお前が、  やっと飯を食べてくれた。  部屋の隅で、俺の様子を常に窺いながら、  少しずつ少しずつ。  余程空腹を我慢していたのか、  それとも食べるのが下手なのか。  皿が空になる頃には、口の周りが食べかすだらけで、思わず笑ってしまった。  五日目。  初めて、お前の声を聞いた。  いい加減汚れた毛並みが気になって、  無理矢理風呂へ連れ込んだからだ。  俺を噛んで引っ掻いて、  大暴れするお前を洗ってみて初めて、  痩せた体のあちこちに、傷があることに気がついた。  ──俺の方が、無性に泣きたくなった。  七日目。  この冬初めての雪が降った夜。  いつも部屋の隅で丸まって寝ていたお前が、  ベッドの傍へ這ってきた。  横になった俺を、黙ってジッと見つめる丸い瞳。 「どうした?」  布団の中からそろりと手を伸ばしてみると、  すんなり頭を撫でさせてくれた。  これまで、近づかれることすら嫌がっていたのに。  洗ったお陰で、艶を取り戻した黒い毛並みが、すっかり冷えてしまっている。 「もしかして、寒いのか?」  身体をずらしてスペースを作り、「おいで」と布団を捲ってみると、  しばらく俺の顔を窺い見てから、  お前は躊躇いがちに布団へ潜り込んできた。  警戒して身を硬くするお前の背中を、  宥めるように何度も撫でる。  ここにはもう、お前を傷つける奴は居ないから。  だからいい加減気を許して、温かい寝床でぐっすり眠っても良いんだよ。 「…………あったかい」  雨の日に拾った、黒猫みたいなお前は、  短く啼いて、俺の肩へスリ…と控えめに額を寄せた。

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