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2-03-1 ジュンからの依頼(1)

ある日の放課後。 僕は、バイトに急ぐ雅樹の背中を目で追いながらため息をひとつついた。 「はぁ……」 「どうしたの、めぐむ。ため息ついちゃって」 ジュンが僕の顔を覗き込む。 「うっ、うん。何でもないよ」 「ははん。恋の悩みでしょ? ボクはそういうのよく分かっちゃうんだよね」 「ちっ、違うよ!」 ジュン、あってる。大当たり……。 「ところで、そんな恋の悩みを紛らわせられる、いい事があるんだけど、聞きたくない?」 ジュンは目をキラキラさせた。 あー。なんか、嫌な予感がする。 きっと、面倒事に違いない。 「うーん。別にいいかな……」 「めぐむ! そこはうんでしょ!」 僕が、渋々うなづくと、ジュンは、さすが親友! と嬉しそうに僕の手を握りしめた。 「実はね、オカルト研究会に依頼された事なんだけど……」 話を聞くと、依頼された内容というのは『音楽準備室のひとだま調査』というものらしい。 「ひとだま、って本当?」 僕が疑り深くジュンに尋ねると、 「まぁ、依頼元に詳細を聞いてみないとね」 ということになり、僕は、ジュンに腕を引かれながら、依頼元の所へ向かった。 「ところで、ジュン、一人じゃ怖いの? そのひとだま調査」 「こっ、怖くなんてないよ!」 「へぇ、本当かな?」 「本当! さぁ、変な勘ぐりはやめて。ほら、もう音楽室につくよ」 依頼元は、吹奏楽部の部長。 待ち合わせ場所は、その部室である音楽室だ。 「僕が、吹奏楽部部長の三木(みき)です」 そうお辞儀した三木先輩は、メガネを掛けた優しそうな人だ。 三木先輩は、僕達にパイプ椅子を勧めると、スマホの画面を僕達に向けた。 「さっそくですが、この動画を見てもらえませんか?」 僕達は、先輩の差し出したスマホを覗き込む。 「おー。すっ、すごい!」 「本当にひとだまだ!」 教室の窓に揺らめくひとだま。 ハッキリと映っている。 うーん。 でも、ひとだまって感じじゃないよね。 僕は、三木先輩に言った。 「でも、この教室、音楽準備室でしたっけ? この中に誰か人がいるんじゃないですか? 悪戯とか?」 「ええ。僕も最初はそう思いました。でも、その……もしかしたらと思いまして」 「もしかしたら……? それって、どういう意味ですか?」 「ええ。ちょっと言いにくい事なんですが、ひとだまにはいわくがありまして……」 三木先輩は、真剣な面持ちで話し始めた。 数年前、美映留高校には軽音楽部があった。 しかし、当時、音楽室の使用権をめぐって吹奏楽部と対立。 数々の抗争!?の末、結果を残せなかった軽音部は廃部に追い込まれた。 その時、軽音楽部の人が言った一言。 『いいか! 吹奏楽部! お前達を呪ってやるからな! 俺達のロック魂は永遠に不滅だ!』 三木先輩は、話しながら体をブルっと震わせた。 ジュンは、腕組みをしながらつぶやく。 「なるほど、軽音楽部の怨念かぁ……」 僕は、冗談かと笑いをこらえて言う。 「ぷぷ、そんな事ってあるかなぁ。いくらなんだってロックの魂って……クスクス」 「めぐむ! そんなの分からないよ!」 「でもさ……ぷぷぷ」 三木先輩は、僕達のやり取りを黙って聞いていたけど、重い口を開いた。 「まぁ、やはり吹奏楽部員としては、ちょっと腰が引けるというか……」 なるほど。 当事者ともなると、冗談では済まされないか。 怨念のせいで大事な演奏でミスしたりするかもしれない……。 問題は無いとは思うけど、スッキリしておきたい、と言うのが本音だろう。 「……そうですか。どうする? ジュン」 ジュンは当たり前のように胸を叩く。 「分かりました! ここは我らオカルト研究会に任せてください!」 「ジュン、僕はオカルト研究会じゃ無いんだけど……」 「まぁ、まぁ」 僕達は、音楽準備室に向かった。 場所は、音楽室から少し離れている。 というのも、校舎を増築する前に音楽室として使っていた古い教室なのだ。 廊下はちょっと薄暗くて不気味な様相を呈している。 「ジュン」 「何?」 「ジュンやっぱり怖いんでしょ?」 「そんな事ないよ!」 「じゃあ、僕に抱きつくのやめてよ。歩きづらいじゃん!」 さっきから、ジュンは僕の腕を取り、ぎゅっと体を押し付けてくる。 お化け屋敷に入るカップルのようだ。 「いいの! めぐむが怖くないようにボクが守ってあげているんだから感謝してよね!」 「ぶっ! まぁ、いいかぁ じゃあ、よろしく頼むね、ジュン」 音楽準備室。 僕達は、先ほど見た動画の場所にたどりついた。 ジュンは、入り口の扉の窓をじっと見据える。 「あそこの窓にひとだまが映っていたのか……さぁ、めぐむ! 先に入って!」 「えっ、僕から? 押さないでよ! ジュン」 教室の中に入り周りを見回す。 壊れている楽器や古いピアノなどが置かれている。 ただ、造りは古いが、清潔で整理整頓されている。 「うーん。特に変わった所はないね」 「確かに……」 その時、僕は、何かピンと閃いた。 「あっ、分かったかも!」 「えっ? やっぱり、ひとだま?」 ジュンは反射的に僕に抱き着く。 「ジュン、くっつかないでよ!」 まったく、ジュンは臆病なくせに、好奇心だけは強いんだから……。 僕は、教室を見回しながら説明を始めた。 「えっとね。まず、この音楽準備室って誰も使って無いんでしょ?」 「そう言っていたよね」 「なのに、微かに灯油の臭いがしない?」 「くんくん。確かに……」 僕は部屋の隅を指さす。 「ほら、そこのストーブだと思う。でね、あそこに鏡があるでしょ?」 「うん」 音楽準備室には不自然だけど、全身鏡が置かれている。 「ストーブの窓の炎が鏡に反射して……それで、扉の窓のカーテンに映った。どうかな?」 「なるほど……確かに」 ジュンは、あごに手を置き、うん、と頷いた。 「そうかもね……炎がひとだまに見えたってことかぁ」 「よし! 解決だね。ジュン、三木先輩に報告して帰ろう!」 「ちょ、ちょっと待った!」 「えっ?」 教室を出ようとする僕の服をジュンが引っ張った。 「誰かがいたとすると、犯人を見つけないと!」 「犯人? そこまでは、いいんじゃない?」 「うん。めぐむを疑うわけじゃ無いけど、本当かどうか調べなきゃ。ほら、今日はひとだまが出るって言う月曜日だし」 「うーん。でもな……」 「お願い! めぐむ! 僕はどうしてもひとだまを、あっ、いや、犯人を捕らえたいんだ!」 「ぶっ! なんだ、ジュンは僕の推理を信じていないんじゃん。ひとだまを見たいだけなんでしょ! ふふふ」 「まぁ、めぐむの推理もいい線いっていると思うけど……もしかしたら、ひとだま見れたら凄いじゃん? ねぇ、いいでしょ?」 「もう! しょうがないなぁ」 ジュンに押し切られる形で、犯人が現れるまで隠れていようということになった。 僕達は、楽器にかかっている白いシーツを、一枚一枚めくり中身を確認した。 壊れたティンパニの隙間なら、しゃがめば二人で隠れられそうだ。 場所は決まった。 時計を見ると、下校時間はとうに過ぎ、いつの間にか部屋は薄暗く不気味さを増している。 だんだん気温も下がってきた。 僕達は互いに体を寄せ合い温め合うことにした。 それにしても、オカルト研究会も大変だ。 こんな、調査まで引き受けるんだから……。 そうだ。 せっかくだから、ジュンにオカルト研究会の活動について聞いてみようと思いつく。 「なんだ、めぐむは興味あるの? オカルト研究会」 ジュンは興奮してしゃべり始めた。 「めぐむも、オカルト研究会に入るべきだよ。絶対に向いているよ」 「いいよ、僕は。図書委員やっているし」 「あぁあ、まったく惜しいよ」 ふふふ。 僕はジュンの熱烈な勧誘を心地よく思いながら、悔しがるジュンの顔を眺めた。 ジュンとのおしゃべりが楽しくて、ここにいる目的を忘れそう。 その時。 廊下で足音が聞こえたような気がした。 僕とジュンは、一瞬固まる。 耳を澄ませる。 やっぱり、足音だ。 だんだん近づいてくる。 緊張が走る。 部屋の前と止まったようだ。 息をのむ。 ガラッと音が鳴る。扉を引く音。 僕とジュンはビクっとした。 声を出さないように手で口を押えた。 暗くてよく見えないが、一人の人物が入ってきたようだ。 カチャという音。 ストーブをつけたに違いない。 しばらくすると、ストーブのあたたかな光が部屋全体が照らし始めた。 犯人に違いない。 僕はシーツの隙間からそっと、その人物を見た。 「あっ!」 驚いて声をだすところだった。 ジュンも目を見開いて唖然としていた……。

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