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2-03-2 ジュンからの依頼(2)

その人物は、なんと片桐先生だった。 そして、僕達は片桐先生の行動に目を見張った。 片桐先生は、来ていたコート、上着、ズボン、下着を全部脱いで裸になったのだ。 そして、カバンから何やら取り出す。 えっ! 僕は、目を疑った。 女性ものの下着!? よく見ると、セクシーなレースの黒いショーツ。 片桐先生は躊躇なく、それに足を通す。 ショーツを穿き終わると、カバンから真っ黒なボンテージ風のランジェリーを取り出した。 それを、手慣れたように身に着け始める。 レザーのコルセットに、フリルのスカート。 ガーターベルトにレースのストッキング。 それだけではない、ヒール、グローブなど、それとわかる一式のセットを着用した。 そして最後にウィッグをつけ、口紅を差すのが見えた。 僕は驚いて声も出ない。 片桐先生は、髪の毛をブラシで整えながら部屋の隅にある鏡の前に立ち、ポーズをとりながら点検をしている。 SMの女王様……。 その姿は、もう普段の片桐先生とはまったくの別人。 片桐先生は、もともと細身。 それに、顔立ちは今思えば、男顔の女性に近い。 かっこいいお姉さんといえば、そうゆう風にも見えるし、ウィッグは金髪ではないけど、まさに海外の女優さんのイメージに合う。 少なくとも、いま目の前にいる片桐先生は男性には見えない。 スラっとした立ち姿は、女性ならではのカッコよさ。 お尻はキュッと上がり、胸はパッドなのだろうか。豊満に見える。 妖艶で、そして、挑発的。 あぁ、でも……。 黒のショーツの前の部分にどうしても目が行ってしまう……。 局部のレースの部分にそれと分かる形がくっきりと透けている。 パンパンに膨らませて、ショーツがはち切れそう。 心なしか、先端部分が濡れている。 ああ、先生。 興奮しているんだ……。 なぜだろうか。 全身は女性そのものなのに、股間にペニスが付いているんだ。 そのアンバランスさを見ているだけで、僕は体の芯はジンジンして熱くなってくる。 はぁ、はぁ。 ドキドキが止まらない。 さらに、それがあの片桐先生なんだと思うと……。 これは、大変なものを見てしまった……。 その時……。 ジュンは、何をおもったのか 「綺麗!」 と声に出して言った。 あぁ、なんてことを……。 ただ、ジュンが声を発したことで、片桐先生に気づかれてしまった。 片桐先生は周りを見回した。 「誰かいるのか? いるなら出てこい!」 僕とジュンは顔を見合わせ、観念してシーツを捲り外に出た。 「相沢と青山か……」 片桐先生は、僕達を見て言った。 「そうか、見られてしまったか……」 そう言った声は落ちついている。 僕達は、なんと言ったらいいのか、適切な言葉が思い浮かばず、ただ、ごめんなさいと頭を下げた。 「いや、君たちが謝ることなんてないんだ……」 片桐先生は、ふぅ、とため息を一つ着くと、話し始めた。 「私は、子供のころから、こういった女性の服に憧れていて、それが捨てきれなかった」 それで、と続けた。 「妻には内緒で買い集め、そしてここで密かに着用していたんだよ」 自分の姿をアピールするように両手を胸の位置に置く。 「ここでは、私は本当の自分になれたようで、心の底から楽しかった!」 片桐先生は目を閉じた。 「覚悟はしていたんだ。いつか見つかってしまうのではないかって……」 片桐先生は、僕達に微笑みかけた。 お前たちは悪くないぞっと言っているかのよう。 「これで、私はこの学校の教師を辞めなくてはいけない。長くはなかったけど、充実していた」 そこには、覚悟を決めた、先生の、いや女性の晴れやかな顔があった。 あぁ、なんて。 潔いいんだ。 僕は感動していた。 ジュンは、黙って聞いていたが、突然叫んだ。 「先生、ボクたちは誰にも言ったりしません!」 僕は驚いて、ビクっと身体を震わせた。 僕は「たち」の部分にちょっと引っかかるものを感じたけど、何より、こんなに大声で主張するジュンにびっくりした。 それもそうだ。 ずっと、好きだった片桐先生が、まさかこんな趣味があったなんて分かったんだ。 情緒不安定にもなるだろう。 ジュンはかなりショックだったのではないか、と内心、心配していた。 片桐先生は、ジュンの発言には笑顔で答えた。 ありがとう、と。 「でも、覚悟はできているんだ。だって、おかしいだろ? 30才をすぎた男がこんな格好して……」 ジュンは間髪入れずに、 「先生はおかしくないです! とても似合っています! 綺麗です! かっこいいです!」 と精いっぱい主張した。 片桐先生は、顔をすこし赤らめた。 「さすがにそれは褒めすぎだろ。恥ずかしいよ……」 ジュンは、一部終始、一歩も譲らず、先生の秘密は守るから、先生をやめないでほしいと主張した。 片桐先生は、ジュンに熱意に根負けしたのか、 「わかった。君たちが黙っていてくれる限り、私は教師を続けよう」 と折れた。 ジュンは、声をだして喜んだ。 「めぐむ、やったな! 先生、続けてくれるって!」 僕はジュンの喜ぶ顔を見て、本当によかった。と思った。 そして、ジュンは、意を決したように片桐先生の目をじっと見つめ、 「先生のファンでいていいですか? これからずっと」 と言った。 あぁ、なるほど。 これがジュンなりの告白なんだ……。 片桐先生は、真剣なジュンのまなざしを受け止め、茶化すことなく、「いいよ」と答えた。 ジュンはそれを聞いて、片桐先生に飛びつく。 ずっと我慢していたんだろう。 緊張の糸が切れ、涙を流してわんわん泣き出した。 そして、涙ながらに、ありがとうございます。と繰り返していた。 「おいおい、どうしたんだ相沢? 泣くなよ」 片桐先生は、自分の胸で泣きじゃくるジュンの頭を優しく撫でてあげている。 姉と弟。 そんな絵柄に見える。 でも、SMの女王様の格好にもかかわらず、いやらしさは感じさせない。 僕はジュンの喜びように、もらい泣きをした。 よかったね……。ジュン。 ジュンが泣き止むまで、片桐先生と僕は待っていた。 僕は頃合いと踏み、ジュンの手を引きながら「それでは先に帰ります」と頭を下げ、部屋を後にした。 ジュンは、泣き止んで、晴れやかな表情になっている。 帰り路の間ずっと、 「先生は綺麗だった! 綺麗たっだよね?」 と何度となく繰り返し僕に言った。 頑張れジュン。 ジュンは片桐先生の趣味も含め、心の底から愛している。 その真っすぐなジュンの愛は、本当にまぶしい。 うらやましい、でも……。 僕だって負けてられない。 雅樹の顔を頭に浮かぶ。 雅樹、愛しているよ。 あぁ。 今すぐ雅樹に会いたい。 この気持ちを伝えたい。 僕はそう切に願った。

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