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2-05-1 ユータの卒園(1)
雅樹とはあまり会えないまま、新しい季節がやってこようとしている。
冬の寒さが収まり、一日一日と温かくなる。
そんな3月の陽気の中。
街は卒業シーズンを迎える。
駅では、花束を持った人達や、華やかな袴の女性をよく目にする。
僕は、ふと、身近な人を思い浮かべる。
そうだ。
ユータは、今年で卒園だったよね。
そんなことを思っていた矢先、卒園式を終えたユータがうちに立ち寄った。
「こんにちは!」
ユータの元気いっぱいの声。
「はい、いらっしゃい!」
僕は玄関へ出迎える。
叔父さん、叔母さんも、お洒落な格好をしている。
「ご卒園、おめでとうございます!」
「ありがとう。めぐむ君」
両親もリビングから出てきて、お祝いの挨拶が始まる。
僕はユータ君に話掛けた。
「ユータ! 卒園おめでとう!」
ユータは、ニヤッと生意気そうな表情。
「ママ! めぐむにいちゃんの部屋行っていい?」
「もう、ユータは! ちゃんとご挨拶した? めぐむ君、ごめんね。いいかな?」
「いいですよ。行こっ!ユータ」
「うん」
ユータは、幼稚園の制服のまま足を投げ出した。
この姿も今日で見納めか。
子供はあっという間に大きくなる。
ふふふ。
そんな風に思えるのも僕が大人になってきたからかもな。
「ユータも幼稚園卒業かぁ」
しみじみとユータを見る。
ユータは、いつもの通り、生意気そうに答える。
「まあね」
ちょっと不機嫌そう。
なんか、ユータらしくない。
「あまり嬉しそうじゃ無いね」
「うん」
「どうしたの?」
ユータは、僕の顔をチラッと見ると、ボソッと口にした。
「実はね。めぐむ兄ちゃんに相談があるんだけど……」
「なあに?」
ちょっとした間。
いつもはもっと元気いっぱいなのに。
いよいよユータらしくない。
いや、それほど重要な事なのかも。
僕は、じっとユータの言葉を待つ。
「フーカと違う小学校になっちゃうんだ……」
僕は、腑に落ちた。
「そうなの? なるほど、それで元気ないのか……」
「フーカと同じ小学校が良かったな……」
ユータの悲しそうな顔を見ているとこっちまで悲しくなってくる。
「そっか……」
僕は、ユータの頭をポンポンと撫でた。
ユータは、僕を見上げる。
「それでさ。フーカ、卒園式の時、女の子に囲まれて手紙とか貰ってた」
「ふーん、ユータは貰わなかったの? お手紙とか?」
「もらってないよ」
「じゃあ、羨ましかったとか?」
「違うよ!」
ユータは僕を睨む。
「そうだよね。ごめんごめん……」
「フーカと目が合ったんだけど、僕は目を逸らして帰ってきちゃったんだ」
僕は、黙ったままユータの話に耳を傾ける。
ユータは唇をキッと噛んだ。
その表情は、みるみるうちに曇る。
「だから、フーカにさよなら、言えなかった……」
今にも泣き出しそうなユータ。
「さよなら、言えなかった」
もう一度つぶやくと、そのまま僕の胸飛び込んで来た。
相当、心残りだったのだろう。
うっ、うっ、と嗚咽を吐きながら泣く。
「そっか……よしよし」
僕は、ユータの頭を撫でてあげた。
でも、ちょうど良かった。
「ねぇ、ユータ、別にフーカ君とさよならしなくていいんだよ」
「えっ? そうなの?」
ユータは、顔を上げる。
「うん。小学校が違くたって、ユータが本当にフーカ君を好きなら大丈夫なんだ」
そうなんだ。
今のユータは幼稚園が世界の全て。
でも、歳を取ると分かってくるんだ。
小学校、中学校、高校と、世界がどんどん広がっていくことに。
だから、小学校が違うなんて小さい事なんだ。
「本当?」
僕の顔を覗き込む。
「うん、本当」
「やった!」
ユータは、素直に喜ぶ。
そんなユータを微笑ましく見ながら、僕は付け足す。
「でもね、ユータ。ちゃんと気持ちをフーカ君に伝えないとわからないかも」
「どうゆうこと?」
僕は人差し指を立てて言った。
「ユータがフーカ君に好きって言葉に出して言う。ずっと友達でいてって」
「さよならじゃなくて、好きっていうの?」
ユータは、不思議そうな顔をする。
何が違うのかピンときていないようだ。
「そう」
僕は、大きくうなずく。
「でも、フーカ君が、イヤだって言ったら諦めるんだよ」
「うん。わかった」
僕とユータはそんな話をしてゲームをして遊んだ。
ユータは、ずっと気にしていたようだ。
今は、心のつかえが取れたのか、無邪気に遊んでいる。
すっかり元気になっていつものユータだ。
よかった。
やっぱり、離れ離れは寂しい。
でも、大丈夫。
好きだっていう気持ちがあれば。
ああ、そうか。
半分は自分に言い聞かせているんだなって気づいた……。
ゲームで遊ぶのはひと段落ついた。
ユータは、ゲームを置いて言った。
「ねぇ、めぐむ兄ちゃん。さっそく、好きって言いたい。会いに行こう!」
「待ってよ。約束してないんでしょ? 会うの」
「うん」
「じゃあ、会えないかもしれないよ」
「でも、会えるかもしれないよ」
ユータの決意は固そうだ。
真っ直ぐに僕の目を見つめる。
うう。
そんな純真無垢な瞳を僕に向けないで!
「ああ、もう!」
弱いんだよな。そういう真剣な眼差し。
僕は、しぶしぶ了解する。
「いいよ。どこ? こないだの公園?」
「うん」
ユータの嬉しそうな笑顔。
まったく。
僕も甘いな。
でも、ユータの笑顔でキュンとしちゃう。
「オーケー」
僕とユータは叔母さんに事情を話した。
と言っても、告白しに行く、とは流石に言えず、幼稚園に忘れ物したかもしれないから取りに行く、という事にした。
叔母さんは、僕に言った。
「悪いわね、めぐむ君」
「いいんですよ。遅くなるようならお家に送りしますから」
僕は、なんでもないです、というように手を横に振る。
「ありがとう、めぐむ君。ユータ、お兄ちゃんの言うことを良く聞くのですよ」
ユータは、叔母さん前では猫被り。
「はい! じゃあ、行ってきます!」
甲高い声でそう言って、手を上げた。
僕達は電車に乗って、幼稚園の近くにあるストロベリー公園に向かった。
電車でひと駅。
ユータは、車窓からの景色を眺めながら、ボソボソ何かを言っている。
よく聞くと、フーカ君に関する事のようだ。
何だろう?
告白の練習でもしているのかな?
電車を降りて、しばらく歩き、目的地のストロベリー公園に到着した。
公園を見回すと、親子連れで賑わっている。
同じ幼稚園の制服を来た子供たちが何人かいる。
親御さんらしき人達もいるから、卒園式の帰りに立ち寄ったのだろう。
親同士の立ち話もあちらこちらでしているようだ。
ユータは、公園の真ん中まで走り、キョロキョロ辺りを見回す。
そして肩を落とした。
いないようだ。
僕は、ユータのそばに近づき肩を叩く。
「いなかった?」
「うん……」
ユータは下を見たまま答えた。
何か声をかけなきゃ。
僕は言った。
「ユータ。まだフーカ君、家に帰ってないのかもよ。しばらく待とうか?」
ユータは、僕を見上げる。
「うん!」
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