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2-05-2 ユータの卒園(2)
僕とユータはベンチに腰掛けた。
公園にいた人達は、少しづつ減ってきている。
さよなら、また小学校でね!
そんな、挨拶が耳に入る。
僕は時計を見た。
家に帰ってから来るとしても、流石に来てもいい時間だろう。
「なかなか来ないね」
「うん」
しょんぼりとした表情。
でも、まだ希望は失っていない。
目は、いつもフーカ君が来る方をじっと見つめている。
両手を体に前でもじもじと動かす。
切ない気持ちが僕に伝染する。
そうなのだ。
今会えないと、二度と会えないかもしれない。
ユータは子供ながらにそれを理解しているんだ。
切ない。
ああ、抱きしめてあげたい。
雅樹を待つ今の僕の姿に重なる。
ああ、神様。
お願い。
フーカ君と会わせてあげて。
ユータにとって大切な人なんだ……。
それから、しばらくたった。
もう、公園には卒園式帰りの親子連れはいない。
僕とユータだけぽつりと残った。
もう、きっと来ない。
諦めるしかない。
ユータを見る。
目を真っ赤にして鼻をすすっている。
ユータも今日は会えない。
それを感じ取っている。
僕は、ユータの肩をそっと抱いた。
「ユータ、もう帰ろっか?」
「やだ! まだ、待つんだ!」
ユータの言葉が僕の胸に突き刺さる。
僕と同じ。
だから、よくわかる。
会えるかどうかも分からない。
でも、待つしかない。
会いたくて、でも会えなくて。
寂しくてどうしようもない。
僕は、目を閉じた。
雅樹、会いたいよ……。
その時、ユータが叫び声を上げた。
喜びに満ちた声色。
「あっ! フーカだ!」
ユータは、走り出す。
その先には、ひと組の親子連れ。
ユータにはフーカ君だってすぐに分かったようだ。
フーカ君も走り寄るユータに気付いたらしい。
何か大きな声を上げている。
きっと、ユータの名前を呼んでいる声。
二人が手を取り合うのが見えた。
ああ、良かったね、ユータ。
本当に。
僕は、目尻に溜まった涙を指で拭った。
そして、ベンチを立ち上がり、ユータの後を追った。
ユータとフーカ君は手を繋いで遊具の方に向かった。
そして、立体ジムの上で肩を並べて座る。
何やらコソコソ話をしている。
楽しそうだ。
僕は、二人を眺めながら、フーカ君のお父さん、久遠さんに軽く会釈をした。
久遠さんは、僕に気がつくとお辞儀を返し近づいて来る。
「こんにちは。お久しぶりですね。めぐむさん」
「お久しぶりです。久遠さん」
僕は笑顔で話す。
久遠さんはベンチを指差した。
「そこに座りませんか?」
「ええ」
久遠さんは言った。
「それにしても、驚きました。まさか、本当にユータ君がいるなんて」
どうやら、久遠さんもフーカ君にねだられて来たようだ。
フーカ君は、どうしてもユータに会いたい、と必死で頼み込んだらしい。
「約束をしていないのに、どうして二人ともここに来れば会えると思ったんでしょうかね?」
久遠さんは、そう言うと微笑んだ。
以心伝心というのだろうか。
ユータとフーカ君は、固い絆で結ばれている。
そう、思わざるを得ない。
赤い糸というのがあるならば、間違いなく二人は結ばれている。
「ユータも、フーカ君は絶対に来るって言って聞かなかったんですよ。ふふふ」
僕は、久遠さんを見上げた。
久遠さんは、不思議そうな表情をする。
「ところで……」
「はい?」
「めぐむさん、どうして泣いているんですか?」
「あれ? 僕は泣いていますか?」
「ええ」
僕は、慌てて目元を触れる。
濡れている。
さっき溜まった涙は拭いたはず。
いつの間に?
「わかりません。ユータの願いが叶ったのに、泣くなんて変ですよね」
久遠さんは、スッとハンカチを僕に差し出した。
「大丈夫です。僕もそんな時、ありますから……」
久遠さんの優しい言葉。
お礼を言いながら、久遠さんのハンカチを受け取る。
あれ?
おかしいな。
涙がどんどん出てくる。
「すみません、すみません……」
僕は、繰り返し謝る。
手で顔を覆い隠し、とめどなく流れる涙を隠そうとする。
ああ、そうか。
この涙は僕の寂しい気持ち。
我慢して、溜め込んでいた物が、一気に溢れ出てしまったんだ。
その時、久遠の優しい言葉が耳に入った。
「僕の胸、貸しましょうか?」
僕は、久遠さんの顔を見る。
涙で曇ってよく見えないけど、その優しい微笑で、少し気持ちが落ち着く。
泣いた子供を慰める様な柔らかい表情。
久遠さんは、なんて優しいんだ。
人の温かさを感じたい。
久遠さんの優しさに甘えたい。
ああ、久遠さんの胸にすがりたい。
弱い僕は、久遠さんに救いを求めている。
「いっ、いいんですか?」
「いいですよ。どうぞ」
久遠さんは、両手を広げる。
僕は、久遠さんの胸にわっと飛び込む。
無我夢中で抱きつく。
そして、嗚咽を我慢しながらすすり泣いた。
久遠さんは、黙って僕を優しく抱きしめていてくれた。
「よかったら、話してくれませんか?」
久遠さんの言葉に、僕は素直に話し始めた。
「付き合ってる人がいるんです。その人、ずっと忙しくて、会える時間がなくて。僕は、応援するって約束したんです。なのに、僕は会いたくて話したくて触れたくて。そんな自分が嫌なんです。でも、寂しい気持ちは我慢するのが辛くて。ごめんなさい、支離滅裂ですよね?僕」
「ううん。気持ち分かります。僕も会いたい人居ますから……」
僕は、久遠さんを見る。
久遠さんも寂しそうな表情。
会いたい人かぁ。
僕は、気になっている事を久遠さんに問いかける。
「奥さん、ですか?」
「ああ、妻じゃないんです。実はお恥ずかしながら妻とは離婚していまして」
離婚……。
そっか。
だから、いつも久遠さんがフーカ君のお世話をしているのか。
「そうなんですか。僕のせいで嫌な事を思い起こさせちゃたかもですね。ごめんなさい」
「いいえ。ははは。僕の話はいいんです。でも、寂しい時は、泣いていいと思います。いつでも、僕の胸は貸しますから」
「ありがとうございます」
僕は、素直にお礼を言った。
もう暗くなってきている。
僕は、ユータの姿を探し、ブランコで遊ぶ二人を発見した。
僕は久遠さんに目配せする。
「いきまっしょっか?」
「はい」
僕は、キーキーとブランコを漕ぐユータに話しかけた。
「ユータ、そろそろ帰るよ!」
「はーい」
ポンっと着地を決めると、僕の方に駆けつけて抱きつく。
僕はしゃがんで、こっそりとユータに問いかける。
「ねぇ、ちゃんと言えた?」
「もちろん! そうしたら、フーカも僕の事好きだって。エヘヘ」
ユータは、満面の笑みで照れ顔で言う。
「そう、良かったね!」
僕は、ユータをギュッと抱きしめた。
本当に良かったね。
フーカ君が久遠さんに話している声が聞こえる。
「ねぇ、パパ、言った通りでしょ! 絶対に、ユータ君来るって! 僕ね、ユータ君とずっと一緒なんだ」
「そっか。良かったな、フーカ」
久遠さんもしゃがんでフーカ君の頭を撫でてあげている。
クスクス。
向こうでも似たような会話をしている。
僕とユータはお辞儀をして立ち去った。
手を繋ぐユータの足取りは軽い。
ユータの手の温もりが僕に希望を与えてくれる気がした。
大丈夫。
めぐむ兄ちゃん!
きっとうまく行くから。僕みたいにね。
そうだよね。
そう思って、手をギュッと握る。
「めぐむ兄ちゃん! 手痛いよ!」
「あっ、ごめん、ごめん!」
それに僕は、泣いて少し気持ちが晴れた気がした。
これで、また少し頑張れる。
雅樹、頑張ってね。
僕も寂しさに負けないように頑張るから。
僕は、振り返り、もう誰もいなくなった公園を見てつぶやいた。
ありがとう、フーカ君、そして久遠さん。
こんな前向きな気持ちにさせてくれて。
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