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2-06-1 氷室先輩の初恋(1)
図書室のカウンターで僕は溜息を一つついた。
「はぁ……」
この間は、久遠さんの前でみっともない姿を見せてしまった。
僕は弱い。
ほとほと実感した。
僕はもっと強かったはず。
そう、中学生の頃までは……。
こんなに弱くなったのは、高校生になってから。
そう、雅樹と出会ってから。
雅樹を好きになればなるほど、どんどん弱くなる。
そんな気がする。
これが恋するって事なのかな……。
雅樹のバイトは、確か夏までって言っていた。
僕は、本当にそれまで耐えれるのだろうか?
不安だなぁ。
「はぁ……」
ふと目の前を見ると、見覚えのある顔。
「よう! 同士。元気ないな。ため息なんかついて!」
「あれ? 氷室先輩……お久しぶりです」
氷室先輩は、相変わらずのイケメンっぷり。
「久しぶりだな」
「どうしていたんです? 僕がキスできる場所を奪ったせいで、気を落としていたとか」
「へぇ、嫌味なんて言うんだ。めぐむ! 仮にも俺は先輩だぜ!」
氷室先輩は、怒った表情をする。
僕は、慌てて頭を下げた。
「はっ……すっ、すみません。言い過ぎました」
氷室先輩は、一転してにこりと笑う。
「ははは。冗談、冗談。久しぶりなのは、受験勉強していたからさ」
「そうですよね……受験生ですもんね」
そうは言ったけど、氷室先輩が受験生だった事はすっかり忘れていた。
「まあな。でも、お陰様で、大学も決まったしな」
「それは、おめでとうございます!」
氷室先輩は、ありがとう、と照れながら頭をかいた。
なるほど、今日は僕に合格報告をしに来てくれてんだ。
「ところで……」
氷室先輩は、言った。
「3Pにチャレンジしたぜ! めぐむのアドバイス通り!」
「ぶっ!」
僕は、思わず吹き出す。
「ぼっ、僕は何かアドバイスなんてしましたっけ?」
「ああ、したさ。当たって砕けろ的な?」
「そうだったかな……」
そもそも、そんな会話をした事すら覚えていない。
氷室先輩は、両手を広げて言う。
「それでよ、見事に砕けたよ! めぐむのせいだぞ! 結局二人とも別れたよ。ははは」
何か吹っ切れたように楽しそうに笑う。
「はぁ……」
僕は、どう相槌を打ったら良いのか分からず曖昧に答えた。
「実際、欲張りすぎたな。筋肉に囲まれてさ、上と下の口にチンコを突っ込まれて、ああ最高ってのを味わう予定だったんだが……提案したらよ、二人喧嘩になっちまってよ」
「はぁ」
「まぁ、俺を愛してくれているのは嬉しいんだが、仲良く俺を愛すのは嫌だってよ。独り占めしたいらしくて」
「はぁ」
「おい! 同士。さっきから、気のない返事なんかして! 真面目に聞いてくれよ!」
氷室先輩は、子供みたいに唇を尖らせた。
そこへ、誰かが僕たちの会話に割って入った。
「あれ、青山君、一人? 当番、交代するよ」
「あっ、山吹先輩、こんにちは!」
僕に声を掛けてきたその人物は、山吹先輩だった。
山吹先輩は、図書委員の3年生の先輩だ。
頼れるお兄ちゃん的な存在で、物腰が柔らかく誰にでも優しく接してくれる。
面倒見も良くて僕がまだ入って間もない頃は、良くお世話になった。
3年生は、受験期間は図書委員の当番は実質免除されている。
だから、山吹先輩が図書室に顔を出すのは凄く久しぶりなのだ。
僕は、山吹先輩に言った。
「当番って、もう受験はいいんですか?」
「ああ、お陰様で」
山吹先輩は晴れやかな表情をしている。
きっと良い知らせがあるに違いない。
「では、志望校へは?」
「おう。合格だ」
山吹先輩は、嬉しそうに微笑む。
僕は、思わず手を叩く。
「おめでとうございます!」
「ははは。ありがとう!」
「では、お願いします」
僕は、山吹先輩とバトンタッチをした。
カウンターの裏に置いておいた鞄を肩に掛け帰り支度をする。
さてと……。
僕が出口に向おうとしていると、誰かに鞄を掴まれてのけぞった。
痛い!
氷室先輩だ。
「氷室先輩。まだいたんですか?」
すっかり、氷室先輩の存在を忘れていた。
氷室先輩は、何やら興奮している。
「ちょ、ちょっと、めぐむ。今の人は?」
「誰? 山吹先輩?」
「ヤマブキ? やばい、俺の筋肉センサーがビンビンに反応してる」
氷室先輩の興奮の源は、どうやら山吹先輩のようだ。
ところで、筋肉センサーってなんだろう。
「筋肉センサー?」
僕は、聞き慣れない単語に氷室先輩に聞き返す。
「ああ、ほら、俺のチンコ見てみろよ。ビンビンに立ってるだろ?」
氷室先輩は、自分の股間を前に突き出してズボンの膨らみをアピールする。
僕は、慌てて周りを見回した。
「もう! 氷室先輩! やめてください!」
氷室先輩は、「ははは、大丈夫! 誰も見てないって!」と余裕の表情。
何だか、憎たらしい。
「というか、あんな人、いたかな? 3年だろ?」
氷室先輩は、あごに手を当てて考え込んだ。
「ずっといましたよ。図書委員の先輩です」
「おかしいな、俺と同学年だろ? あんな人がいたら、俺の筋肉センサーが黙っていないはずなんだが……」
「ぶっ。すごいセンサー」
真面目な会話に、『筋肉センサー』を自然に使ってくるのが可笑しくて、不覚にもツッコミを入れてしまう。
氷室先輩は、僕のツッコミには気にも留めずに話を続ける。
「やばい。なんだこれ。胸が痛い。いや、ドキドキいっている。なにこれ?」
制服の胸の辺りをギュッと握る。
氷室先輩は、柄にも無く頬を桜色に染めて何となく可愛い。
「ああ、一目惚れしちゃったんですね?」
「何? 一目惚れって?」
「ええ! あれ? もしかして、初めてですか?」
僕は、びっくりして目を見開く。
この年で人を好きになってドキドキした事がないなんて。
氷室先輩自身も驚いているようだ。
「おう。初めてだな。こんな、胸がどきどきする感じ」
「ふふふ。それ、恋ですよ」
僕は、優しく教えてあげる。
氷室先輩と会話をしていて初めて主導権を取れたようだ。
「恋? そんなのは、知っているよ。気持ちいいやつだろ? 最高だよな」
「ちっ、違います! 恋っていうのは、切なくて、胸がドキドキするやつです。氷室先輩が言っているのは、単に、気持ちよくなっていったときの感覚でしょ?」
「えっ? 違うの? エッチで、いくってことじゃないの?」
僕は、かぶりを振る。
氷室先輩にとっては、きっとこれが初恋なんだ。
初恋。
ああ、自分の時を思い出す。
人を好きになって、初めてドキドキしたのっていつだっただろう。
苦しいけど、気持ちいいんだよね。
そして、何時もその人の事を考えちゃう。
そばにいるだけで、気持ちが高揚しちゃうんだ。
僕の初恋の相手。
そう、僕の初恋は雅樹なんだ。
僕の大事な思い出……。
何だか、思い出にふけっていると、ふあふあとして気持ちいい。
「氷室先輩、頑張って下さいね。僕は帰りますね、失礼します」
僕は、ふあふあ気分のまま氷室先輩に軽く会釈をする。
そして出口に歩き出した。
「おい! つれないな。同じオトムサ同好会だろ!」
氷室先輩の謎の言葉に、僕は振り向く。
「へ? 何?」
「あれ? 忘れたか? 男の体をむさぼる同好会だろ! 会員番号No2!」
「ぶっ。そんなの忘れていましたよ。しかも、入った覚えないです!」
はぁ。
氷室先輩の変な話で、せっかくのふあふあ気分が台無し。
氷室先輩は、言った。
「まぁ、いいや。俺、山吹に話しかけ
てくるよ!」
「はい。いってらっしゃい!」
やっと、先輩から解放される。
と思った矢先、氷室先輩に釘を刺された。
「同士! この隙に帰るなよ! いいな!」
「はっ、見透かされていましたか……」
僕は、そう言いながら、隙を見て何とか帰れないかと思案していた。
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