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2-08 二年生の桜の頃

豊門川(とよかどがわ)の河原沿いには桜並木がずっと続いている。 今は、もう4月。 満開から少し経ち、散り始めているけど、まだまだお花見を楽しむことができる。 僕と雅樹は、お花見デートをしようということになり、ここ、豊門川の河原までやってきた。 「雅樹、綺麗だね」 「そうだな、見事に咲いたな」 桜の木を見上げた。 風がぴゅうと吹くとひらひらと花びらが舞った。 僕と雅樹は桜並木沿いに並んで歩く。 「めぐむ」 「なぁに? 雅樹」 「それにしても、また同じクラスってラッキーだったよな」 「うん! 本当に」 僕達はこの4月で高校2年生になった。 そして、幸運にも僕と雅樹はまた同じクラス。 加えて、ジュンも森田君も同じ。 高校2年生の秋には修学旅行という大きなイベントがある。 だから、一緒のクラスになれたことはとても嬉しい。 「ところで、めぐむ。俺、相沢って話した事無いんだよな。どんな感じ?」 「ぶっ! 雅樹、去年も同じクラスだったでしょ!」 「でもよ。全然、接点なかったからな……」 「もう!」 「ごめん……」 僕は一歩前に踏み出し、ひらひらと落ちる桜の花びらにフゥと息を掛けた。 「そうだね、ジュンは僕のかけがえのない親友なんだ……」 雅樹を振り返り僕は話し始める。 「最初は、あの佐久原(さくはら)先生から(のが)れるために友達になったんだけど、今となってはあれは単なる切っ掛け。あれが無くても絶対に親友になっていたと思う。互いに惹かれ合って」 「へぇ。そこまでか。たしかに、相当気が合うんだろうと思ったよ。めぐむって、相沢といると、いつも楽しそうにしているもんな」 「うん!」 雅樹はよく見ててくれてたんだ。 素直に嬉しい。 「相沢も、いつもニコニコしていい笑顔だしな」 えっ。ジュンも? 「……ねぇ、雅樹、もしかして、ジュンのこと……気になるの?」 「まぁ、そうだな……気になるといえば気になるな」 「ちょ、ちょっと、待ってよ。ジュンの事を絶対に好きにならないでよね! 僕の親友なんだから!」 僕が声を荒げると雅樹は驚いた表情になった。 「へっ? なんだよ、めぐむ。唐突に」 僕は、ばつが悪そうに答える。 「だって、ほら、森田君の件もあるし……」 「ぶっ! めぐむ、何言っているんだよ! あれは、誤解だっただろ! 変な事を思い出させるなよ」 「そうだよね……ごめん。ちょっと、少しトラウマなんだ。たまに夢に見るから」 「夢って?」 「うん。雅樹と森田君が裸で抱き合う夢……」 雅樹は大いに吹き出す。 「ぶはっ! おい! めぐむ! そんな夢、絶対に見るな! 気持ち悪いだろ! おえっ!」 「だって……」 僕は、うつむいた。 確かに、雅樹がジュンを好きになるなんて考えにくい。 それに、ジュンには片桐先生という最愛の人がいる。 だから、考えすぎだよね……。 顔を上げると、雅樹は今にも吹き出しそうな顔をしている。 「ねぇ、雅樹。何を笑っているの?」 「いやぁ、めぐむって、すごいなって。なんでもエッチに結び付けちゃうんだからさ」 「えっ? どういう意味?」 「だって、俺と翔馬が裸で抱き合うってさ。それはもう、相撲とかプロレスとかの世界じゃないか? それなら全然いやらしくないだろ?」 「そっか! なるほど。格闘技ね。うんうん。それなら、普通だよね。トラウマ解消かも!」 「でもそれで、パンツを取り合うとかだったら面白いな。チンコが先に出たほうが負けとかな? ははは」 「えっ?」 雅樹と森田君が、パンツを取り合うの!? それって、パンツを取った後はいったい……。 剥き出しのペニスをしゃぶったり、あらわになったお尻を揉んだりするの? やばい。 それじゃ、やっぱり……。 はぁ、はぁ。 「めぐむ! だから、すぐにエッチな想像しないの!」 「えっ? ごっ、ごめん……」 ふと、雅樹と目が合った。 満面の笑みで僕を見ている。 「ぷっ! ぷははは」 「あははは」 二人一斉に吹き出した。 僕と雅樹は桜並木の下をゆっくりと進む。 会話がふっと途切れた。 僕は、チャンスとばかりに、カバンから包みを取り出し包みを渡す。 「はい、雅樹。誕生日プレゼント!」 雅樹の驚いたような顔つき。 雅樹は、おそるおそる包みを受け取る。 「めぐむ、ありがとう。そっか、もう、俺の誕生日か」 「開けてみて」 「おう」 雅樹は丁寧に包みを開けた。 「スポーツタオル?」 「うん。部活でも、バイトでもつかえるように。いつも頑張って汗をかいていると思うから」 「めぐむ、ありがとう! とても、嬉しいよ」 雅樹は満面の笑みを浮かべた。 でも、すぐに複雑そうな表情をした。 「そっか、バイトでも、か……」 僕は心配になって問いかける。 「どうしたの? 雅樹」 「俺、めぐむに言わないといけないことがある」 「なに?」 「めぐむ。俺、バイトやめたんだ……」 「え?」 実は薄々は気づいていた。 今日だって、いつもならバイトの日のはず。 僕は尋ねた。 「どうして? もっと続けるって言っていたのに」 理由……。 そう。 それも、薄々わかる。きっと僕のせい。 でも、それを聞かない訳にはいかない。 僕は聞かないといけないんだ。 雅樹は、「うん」と言って黙った。 しばらく黙って歩いた。 桜の花びらが、川に落ちては流れている。 幾重にも重なり、まるで花の絨毯のよう。 ベンチがあった。 雅樹は、「座ろうか」と言って、僕に座るよう促した。 僕と雅樹はベンチに座り、目の前の大きな桜の木を眺めた。 ひときわ見事に咲いている。 雅樹は口火を切った。 「ごめん。最初から話すよ……」 雅樹は話し始めた。 「バイトを始めようと思ったのは、部屋を借りて一人暮らしをしようと思ったから。めぐむともっと一緒に、もっと近くにいたいと思って」 僕の目をじっと見る。 「でも、バイトをすることで、この間のようにめぐむに寂しい思いをさせてしまった。これじゃ、なんにもならないと思った」 僕は、なんて答えたらよいのか思い浮かばず、無言で頷いた。 「今のままじゃ、手も満足に繋げないしな……今日だって、手を繋いで歩けたらどんなによかったか」 雅樹は、桜の木を見上げた。 バイトをする目的は、一人暮らしの家賃を稼ぐため。 二人に関係することだと前に雅樹はそう言っていた。 だからある程度予想はしていた。 でも、まさか、一人暮らしとは……。 あまりにもスケールが大きすぎて想像もつかなかった。 あぁ。 僕との時間について、去年から、真剣に考えていてくれていたんだ。 嬉しい。 とても嬉しい。 でも……。 僕が寂しさを我慢できなかったから。 約束どおり応援できなかったから。 だから、頑張っていた雅樹を苦しめてしまった。 ごめんなさい。 雅樹、本当にごめんなさい。 涙が込み上げてくる。 僕は、こらえて、こらえて、唇を噛む。 そんな僕を、雅樹は優しく肩を抱いてくれた。 「めぐむ。大丈夫か?」 僕は、ごめんなさい、と言おうとした。 でも、きっと雅樹が望んでいる言葉はこれじゃない。 「ありがとう。雅樹」 雅樹は、「うん」と頷いた。 幸せな時間が過ぎていく……。 さっき、雅樹が言った言葉を思い出す。 『手を繋いで歩けたらどんなによかったか』 そっか、雅樹もそう思っていたんだね。 僕も同じことを思っていたよ。 満開の桜の下で、雅樹と手を繋いで歩けたらどんなに素敵だっただろう、って。 ベンチに置いた僕の手。 僕の小指と雅樹の小指がちょこんと触れた。 どちらからというのもなく、小指同士を絡める。 雅樹は、僕ににっこりと微笑みかけた。 僕も雅樹に微笑み返す。 ねぇ、雅樹。 これぐらいなら、誰にもわからないよ。 僕達が手を繋いでいることに。 繋いだ僕達の手の上に、桜の花びらが、ひらひらと落ちていく……。

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