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2-09-1 めぐむの覚悟(1)
2年生の新しいクラスにもだいぶ慣れた。
雅樹は、バイトをやめて、すっかり元の部活を中心とした生活に戻っていた。
部活の合間を縫うように、僕と雅樹はデートをする。
新学期からゴールデンウィーク迄のこの季節は、街は新緑へ衣替えをする眩しい季節。
何もかもが新しくて心がワクワクする。
そんなデート日和のある日。
僕と雅樹は、ショッピングモールのフードコートでのんびりと話をしていた。
最近の流行りの動画やSNS。
おもしろアプリや、スマホゲーム。
それに、学校行事の話題。
森田君やジュン、それに新しいクラスメイトのこと。
なんのことはない、取り留めもない話。
でも、それが楽しい。
新しい担任の先生の噂話で大笑いしたところで、一旦会話が途切れた。
僕は、ああ、と思い出したことを口にした。
「そういえば、雅樹」
「ん? どうした? めぐむ」
雅樹は、ドリンクの氷をガリガリと食べている。
僕は、斜め上を見て、思い出すように言った。
「この間、雅樹の家でテスト勉強したでしょ? その時、拓海さんがね」
「うん、兄貴が?」
雅樹が聞き返した。
「こんな事があったんだ……」
僕は話し始めた。
それは、先週の日曜日。
僕は久しぶりに雅樹の家に遊びに行った。
建前はテスト勉強。
でも、イチャイチャするのが目的だったのは言うまでもない。
ご両親は旅行に行っているとのことで、これは、エッチ出来るかも!と内心ワクワクしていた。
でも、実のところは、挿入はお預けだったんだけど……。
話が逸れた。
とにかく、そんなわけでご両親が不在というわけで、珍しくリビングに通された。
僕は、ソファに座っていると、雅樹が、あれ!っと声を上げる。
「どうしたの?」
僕は質問した。
「いやー。飲み物を切らしていたよ」
雅樹は、冷蔵庫を開けて、中を覗いている。
「ちょっと、コンビニで飲み物を買ってくるよ。ちょっと待ってて!」
「うん」
雅樹は、さっと玄関の方へ駆けていく。
僕は、リビングに一人ぽつりと残された。
人の家にいるって、落ち着かないなぁ。
テレビでも、つけてしまおうか。
そんなことを考えていると、拓海さんが顔を覗かせた。
「あれ、めぐむ君? いらっしゃい」
今、起きてきた、といったようなTシャツに短パンの格好。
いつもと、雰囲気が違う。
ああ、そうか。
今日は、眼鏡をかけているんだ。
ちょっとドキマギしてしまう。
僕は、お辞儀をした。
「こんにちは、拓海さん。お邪魔しています」
「あれ? 雅樹は?」
拓海さんは、キョロキョロしならリビング入ってきた。
僕は答えた。
「えっと、雅樹は、外へ飲み物を買いに行きました」
「そっか」
雅樹がいないとわかると、拓海さんはキッチンへ向かいグラスに水を汲み始めた。
水をゴクゴクと飲み、ぷはっ、と声を出す。
拓海さんは、そのまま、僕の向かいのソファに座った。
なんだか、緊張する。
僕は、上目遣いに、拓海さんの姿を覗き込む。
大股を広げ、だらっとソファにもたれかかっている。
顔立ちや体格は、雅樹とは全く違う。
でも、雰囲気は、そこは兄弟。
やっぱり、どことなく似ている。
だから、変に意識してしまう……。
拓海さんは、突然話しかけてきた。
「ところで、めぐむ君……」
「はい?」
僕は、ビクっとして答える。
拓海さんは、僕の目をじっと見つめる。
やだ。
じっと見ないでよ。
ドキドキしてくる。
でも、そんなドキドキは、拓海さんの一言で、違うドキドキに変わった。
「君って、もしかしてさ。雅樹と付き合っている?」
僕は、しばらく声を出せなかった。
どうして?
どうして、そんな風に思ったんだろう?
僕は、焦りながら、やっとのことで返事をした。
「え……そんな。まさか、僕、男ですよ」
汗が出てくる。
拓海さんとは目を合わせられない。
見透かされてしまいそうだから。
僕は、うつむいたままじっとしていた。
しばらくの間、沈黙。
きっと、拓海さんは、僕のことを観察しているのだろう。
視線をひしひしと感じる。
拓海さんは、突然、笑いだした。
「ははは、そうだったな。ごめん、ごめん」
「あれ? 兄貴起きてきたの?」
そこへ、息を切らした雅樹がリビングに入ってきた。
「おう、いま、めぐむ君と話をしていたところさ。ところで……」
拓海さんは、そう言うとソファを立ち上がり雅樹の方へと歩いて行った。
僕は、雅樹にそこまでの話をした。
雅樹は、興味深そうに聞いていた。
「へぇ、先週、うちに来た時にか」
「うん」
僕は、ストローの口の部分を指でつついた。
そして、思い切って雅樹に問いかけた。
「もしかして、拓海さん気が付いているんじゃ? 僕達が付き合っていることに」
雅樹は、すぐに声を上げて笑う。
「ははは、そんなことないと思うけど」
「うーん。でも、拓海さんのあの表情は何かを掴んでいる顔だと思うんだけど……」
「なぁ、めぐむ、そんなに不安そうな顔するなって。ははは」
雅樹は、全く心配していないようだ。
きっと家では、そんなこと話題にも出ていないのだろう。
「それよりさ……」
雅樹は、別の話題を始めた。
夕方、雅樹とのデートの帰り道。
僕は、中央駅にたどり着いた。
つい拓海さんの事を考えてしまう自分がいる。
あーでも。
心配しててもしょうがないんだ。
僕は首を横に振って違う事を考えるようにした。
あっ、そうだ。
僕が心待ちにしている小説の新刊。
発売日ってもうすぐじゃなかったかな?
もう出ているかもしれない。
僕は、拓海さんの事は頭の隅に追いやり、ウキウキ気分で駅ビルの本屋に向かった。
本屋さんに着くと、さっそく新刊の平置きをチェックする。
「やった! 新刊出ていた!」
この瞬間は、何ものにも代え難い。
宝物を見つけた喜び。
僕はホクホクしながら、レジに向かった。
子供は、買ってもらったオモチャの箱をすぐに開けたくなる。
僕も同じ。
僕は、駅前のカフェに入り、さっそく買った本を開いた。
ふふふ。
このワクワク感がたまらない。
さてと……。
前回は確か、人質になった恋人を助けようとして、結局、ぼろぼろになるまで戦った。
だけど、親友が助けてくれる。そこまでだったよね。
僕が思い起こしをしていると、見たことがある人物が目に入った。
「あれ? 拓海さん?」
拓海さんが座っているテーブルと僕のテーブルとの間には、少し距離がある。
見えるけど声は聞こえない。
そんな距離だ。
僕は、さりげなく向こうからは見えない位置に座り直した。
そして、拓海さんを観察する事にした。
拓海さんは、髪の長い女の人と向かい合わせで座っている。
彼女さんかな?
落ち着いた感じの綺麗な人。
拓海さんと同じ大学生の人?
いや、あの大人の雰囲気は年上かもしれない。
女の人は、何やら一所懸命に拓海さんに話掛けている。
必死に何かを訴えかけている。
でも、拓海さんは、女の人には目もくれず、しきりにスマホをいじっている。
真面目に聞いていない。
片手間に話を聞いている。
そんな風に見える。
次の瞬間、僕は目を見張った。
その女の人が急に泣き出したのだ。
拓海さんは、慌ててハンカチを差し出した。
これってどう見ても別れ話、だよね?
女の人は、拓海さんにまだ好意を持っている。
でも、拓海さんの気持ちはもう離れてしまっている。
きっと、そうだ。
でも、あんな風なフリ方をするなんて。彼女さんが可哀想……。
拓海さんって、もっと誠実な人だと思っていたのに。
もしかして、拓海さんって、実は遊び人?
女ったらし?
拓海さんは、大人の男の色香がある。
だから、きっとモテる。
あんな風に、いろいろな女性を惑わしては遊んで、最後飽きたらフッているのかもしれない。
僕の中で、拓海さん像が変わっていくのが分かった。
しばらくして動きがあった。
二人とも席を立ったのだ。
拓海さんは、女の人を優しくエスコートしながらテーブルを後にした。
こういうさり気ない気配りに女性達は騙されてしまうのかもしれない。
「ふぅ。すごい所を見ちゃったな」
僕は、思わず額の汗を拭いた。
今度、雅樹に話さなきゃ。
いや、秘密にした方がいいかな?
あーそうだ!
それよりも、新刊。
はやく読もう!
僕が、本を開こうとしたとき、向かいの席に座る人物があった。
誰だろう?
僕は顔を上げる。
そして、その人物を見て、唖然とした。
「やぁ、めぐむ君。奇遇だね。こんなところで会うなんて」
その人物は、拓海さんだった。
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