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2-09-2 めぐむの覚悟(2)

拓海さんは、店員さんを呼び止めて、改めてコーヒーを注文をした。 僕は、心臓のドキドキが止まらない。 何を言われるのだろう? どうして、わざわざ僕のテーブルにやってきたのだろう。 「ねぇ、めぐむ君、ここで何をしているの?」 拓海さんは、素知らぬ顔で僕に尋ねる。 ドサッ。 僕は、焦って、本を落としてしまった。 拓海さんが、すっと拾い上げる。 「へぇ、読書? 面白いのこれ?」 拓海さんは、本のタイトルを一瞥して、僕の方へ差し出した。 僕は、拓海さんから本を受け取る。 「はい。面白いです……」 さり気なく笑顔を作る。 でも、失敗。 引きつった笑顔になってしまった。 「さてと……」 拓海さんは、新しいコーヒーを飲みながら言った。 「めぐむ君。いま、何か見たかい?」 僕は、頭が真っ白になった。 なんて、答えればいいのだろう。 やっぱり、見てはいけないシーンだったのだろうか。 咄嗟に僕の口から出たのは、 「いいえ、特になにも」 だった。 拓海さんは、それ以上は特に触れることはなかった。 でも、ほっとするのも束の間、拓海さんは言った。 「せっかくだから、ちょっと話そうか?」 「あ、はい。どうぞ」 僕は、慌てて頷く。 拓海さんは、さり気ない口調で言った。 「ところで、めぐむ君ってさ、やっぱり雅樹と付き合っているんだろ?」 先日、指摘された件。 やっぱり、拓海さんは疑ったままなんだ。 誤魔化せていない。 うまく、誤魔化さなきゃ。 でも、この捉えどころのない拓海さんを誤魔化すことなんて、僕にできるだろうか? 「えっと。答えたじゃないですか。そんなこと、ないです。僕は男です」 「ははは。男だからって、本当か?」 ドキっとする。 男同士だから付き合っていない。 そんな論法は、拓海さんに通用しないんだ。 拓海さんは、僕の目を見たまま言った。 「じゃあ、君は雅樹のことを好きじゃないって、神に誓えるか? いや、神っていうか、一番大事なものに誓って」 「そんな……」 僕は思わず声を上げた。 「ははは。それは、答えを言ったようなもんだな」 拓海さんは、声を上げて笑った。 僕は、しまったと思ったけど、後の祭り。 バレた。 僕と雅樹が付き合っていることを。 雅樹に何といえばいいのか。 僕は、泣きそうになりながら、縮こまる。 拓海さんは、追い打ちをかけるように、きっぱりと言った。 「俺は、君たちの交際は認めない。これは覚えておいてくれ」 えっ? 交際は認めない。 その一言。 雷に打たれたような衝撃。 体中を絶望が駆け巡る。 どうして? 「そっ、そんな……」 僕は、辛うじて声に出す。 このままでは、雅樹と付き合っていけなくなる。 別れることになってしまう。 だめ。 いやだ。 「どっ、どうしてですか? 男同士だからですか?」 僕は、精一杯、気を張って言う。 拓海さんは、落ち着いた口調で言った。 「いや。男同士とか関係ない。強いていうなれば」 「はい」 「君が雅樹の相手としてふさわしいかどうかだ」 「ふさわしい……」 僕は、復唱した。 ふさわしい? 雅樹に? ふさわしいって、どういう意味? 僕の何がいけないのだろう? 僕のどこが雅樹にふさわしく無いというのだろうか? 僕がぶつぶつ言っている間に、拓海さんのスマホに着信音が入る。 「おっと、呼び出しだ。申し訳ないけど、これまで。悪いけど、これでここの支払いをしておいてくれないか?」 拓海さんは、財布から、千円札を取り出しテーブルに置いた。 そして、席を立つと、片手を上げて、またな、というとポーズを取り出口に向かっていった。 千円札と一緒に、名刺のようなものが、はらっと落ちるのが見えた。 「あの、何か落ちましたよ!」 僕が、それを拾い上げたときには、拓海さんは、もうそこにはいなかった。 僕は、名刺を改めて眺める。 探偵事務所?  拓海さんは、確か大学生のはず。 ということは、探偵のバイトでもしているのかな? 今度、雅樹に渡して返しておいてもらおう。 そう思って、名刺を財布に入れた。 僕は、すっかり新刊を読むことは頭の中から消えていた。 拓海さんが言ったセリフ。 雅樹の相手としてふさわしい。 どういう意味なんだろか。 僕の頭の中は、そのことがずっとリフレインしていた。 僕は、帰りの道すがらずっと同じ事を考えていた。 ふさわしいって、どういう事だろう。 例えば、一般的な結婚相手の場合。 ふさわしい条件って言えば、家柄、学歴、収入。その他、器量、見た目。 この中で、高校生の僕に学歴や収入は関係ない。 家柄はどうか? 僕も雅樹も一般家庭。 資産家でも政治家でもない。 雅樹の家の資産目的に僕が近づいている。 そんな風に見えているのか。 まさか、そんな事があるはずない。 じゃあ、器量、見た目はどうか? 僕は、背は低いし小柄だ。 雅樹と並ぶと男女の背丈。 でも、拓海さんは、男同士は関係無い、と断言した。 だとすると、これも関係なさそうだ。 ああ、分からない。 一体、拓海さんの真意はどこにあるんだろう? 家の最寄り駅を降りた。 そうだ! シロに相談してみよう! 僕は、チェリー公園に立ち寄った。 キョロキョロしながらベンチに座る。 何処ともなく、シロが現れた。 「にゃー」 「やあ、シロ!元気?」 僕の足にすり寄ってくる。 「にゃー」 「食べ物はないのか、って? あぁ、ごめん。買ってくるの忘れちゃったよ」 「にゃ!にゃ!」 シロは不服そうな鳴き声。 僕は、シロをなだめるように言った。 「うん。分かったよ。次は、イカ焼きね」 シロは、しようがないなぁ、というように頷き、僕の膝の上にちょっこりと座った。 ふふふ。 相変わらず、可愛い奴だな。 僕は、シロの頭をなでてあげる。 僕はさっそく、拓海さんとの一件を話し始めた。 僕の説明に、シロは時折僕の顔を覗き込むような仕草をする。 考えながら聞いてくれている時の仕草。 シロ、お前は優しいな。 一通り話終えて僕は言った。 「ねぇ、シロ。雅樹にふさわしいって、どういう意味だろう?」 「にゃー」 「えっ? そんなこと、分かるかって? ふふふ。そうだよね」 シロも同じだ。 僕は嬉しくなる。 そうだよね。 これだけじゃあ、僕は何をしたらいいかわからないよね。 シロは、僕の目をじっと見る。 「どうしたの? シロ」 「にゃー」 「これだけはわかるって? 何を」 「にゃー」 「拓海さんは、雅樹を大事にしているって?」 確かにそうだ。 そうなのだ。 拓海さんは、雅樹のことをすごく思っている。 それは、分かる。 兄弟愛っていうものなのだろうか? 弟には幸せになってほしい。 そう思う兄の切なる願い。 でも……。 僕は、兄弟がいないからわからないけど、弟の恋人のことまで干渉するものだろうか。 娘の父親ならありそうではあるけど……。 「にゃー」 僕が頭を抱えていると、シロが言う。 「えっ? 拓海さんは、雅樹を愛しているのではないかって? まぁ、それはそうだよ。兄弟だもん」 「にゃー」 「ぶっ。恋人として!? まさか……」 はっとする。 そういえば、最初に拓海さんと会ったとき、 『君が男の子でよかった』 って言っていた。 あの時に感じた印象は、友達はいいけど恋人は許さない。 そう言うニュアンスと取れた。 もしかしたら……。

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