16 / 55
2-09-2 めぐむの覚悟(2)
拓海さんは、店員さんを呼び止めて、改めてコーヒーを注文をした。
僕は、心臓のドキドキが止まらない。
何を言われるのだろう?
どうして、わざわざ僕のテーブルにやってきたのだろう。
「ねぇ、めぐむ君、ここで何をしているの?」
拓海さんは、素知らぬ顔で僕に尋ねる。
ドサッ。
僕は、焦って、本を落としてしまった。
拓海さんが、すっと拾い上げる。
「へぇ、読書? 面白いのこれ?」
拓海さんは、本のタイトルを一瞥して、僕の方へ差し出した。
僕は、拓海さんから本を受け取る。
「はい。面白いです……」
さり気なく笑顔を作る。
でも、失敗。
引きつった笑顔になってしまった。
「さてと……」
拓海さんは、新しいコーヒーを飲みながら言った。
「めぐむ君。いま、何か見たかい?」
僕は、頭が真っ白になった。
なんて、答えればいいのだろう。
やっぱり、見てはいけないシーンだったのだろうか。
咄嗟に僕の口から出たのは、
「いいえ、特になにも」
だった。
拓海さんは、それ以上は特に触れることはなかった。
でも、ほっとするのも束の間、拓海さんは言った。
「せっかくだから、ちょっと話そうか?」
「あ、はい。どうぞ」
僕は、慌てて頷く。
拓海さんは、さり気ない口調で言った。
「ところで、めぐむ君ってさ、やっぱり雅樹と付き合っているんだろ?」
先日、指摘された件。
やっぱり、拓海さんは疑ったままなんだ。
誤魔化せていない。
うまく、誤魔化さなきゃ。
でも、この捉えどころのない拓海さんを誤魔化すことなんて、僕にできるだろうか?
「えっと。答えたじゃないですか。そんなこと、ないです。僕は男です」
「ははは。男だからって、本当か?」
ドキっとする。
男同士だから付き合っていない。
そんな論法は、拓海さんに通用しないんだ。
拓海さんは、僕の目を見たまま言った。
「じゃあ、君は雅樹のことを好きじゃないって、神に誓えるか? いや、神っていうか、一番大事なものに誓って」
「そんな……」
僕は思わず声を上げた。
「ははは。それは、答えを言ったようなもんだな」
拓海さんは、声を上げて笑った。
僕は、しまったと思ったけど、後の祭り。
バレた。
僕と雅樹が付き合っていることを。
雅樹に何といえばいいのか。
僕は、泣きそうになりながら、縮こまる。
拓海さんは、追い打ちをかけるように、きっぱりと言った。
「俺は、君たちの交際は認めない。これは覚えておいてくれ」
えっ?
交際は認めない。
その一言。
雷に打たれたような衝撃。
体中を絶望が駆け巡る。
どうして?
「そっ、そんな……」
僕は、辛うじて声に出す。
このままでは、雅樹と付き合っていけなくなる。
別れることになってしまう。
だめ。
いやだ。
「どっ、どうしてですか? 男同士だからですか?」
僕は、精一杯、気を張って言う。
拓海さんは、落ち着いた口調で言った。
「いや。男同士とか関係ない。強いていうなれば」
「はい」
「君が雅樹の相手としてふさわしいかどうかだ」
「ふさわしい……」
僕は、復唱した。
ふさわしい?
雅樹に?
ふさわしいって、どういう意味?
僕の何がいけないのだろう?
僕のどこが雅樹にふさわしく無いというのだろうか?
僕がぶつぶつ言っている間に、拓海さんのスマホに着信音が入る。
「おっと、呼び出しだ。申し訳ないけど、これまで。悪いけど、これでここの支払いをしておいてくれないか?」
拓海さんは、財布から、千円札を取り出しテーブルに置いた。
そして、席を立つと、片手を上げて、またな、というとポーズを取り出口に向かっていった。
千円札と一緒に、名刺のようなものが、はらっと落ちるのが見えた。
「あの、何か落ちましたよ!」
僕が、それを拾い上げたときには、拓海さんは、もうそこにはいなかった。
僕は、名刺を改めて眺める。
探偵事務所?
拓海さんは、確か大学生のはず。
ということは、探偵のバイトでもしているのかな?
今度、雅樹に渡して返しておいてもらおう。
そう思って、名刺を財布に入れた。
僕は、すっかり新刊を読むことは頭の中から消えていた。
拓海さんが言ったセリフ。
雅樹の相手としてふさわしい。
どういう意味なんだろか。
僕の頭の中は、そのことがずっとリフレインしていた。
僕は、帰りの道すがらずっと同じ事を考えていた。
ふさわしいって、どういう事だろう。
例えば、一般的な結婚相手の場合。
ふさわしい条件って言えば、家柄、学歴、収入。その他、器量、見た目。
この中で、高校生の僕に学歴や収入は関係ない。
家柄はどうか?
僕も雅樹も一般家庭。
資産家でも政治家でもない。
雅樹の家の資産目的に僕が近づいている。
そんな風に見えているのか。
まさか、そんな事があるはずない。
じゃあ、器量、見た目はどうか?
僕は、背は低いし小柄だ。
雅樹と並ぶと男女の背丈。
でも、拓海さんは、男同士は関係無い、と断言した。
だとすると、これも関係なさそうだ。
ああ、分からない。
一体、拓海さんの真意はどこにあるんだろう?
家の最寄り駅を降りた。
そうだ!
シロに相談してみよう!
僕は、チェリー公園に立ち寄った。
キョロキョロしながらベンチに座る。
何処ともなく、シロが現れた。
「にゃー」
「やあ、シロ!元気?」
僕の足にすり寄ってくる。
「にゃー」
「食べ物はないのか、って? あぁ、ごめん。買ってくるの忘れちゃったよ」
「にゃ!にゃ!」
シロは不服そうな鳴き声。
僕は、シロをなだめるように言った。
「うん。分かったよ。次は、イカ焼きね」
シロは、しようがないなぁ、というように頷き、僕の膝の上にちょっこりと座った。
ふふふ。
相変わらず、可愛い奴だな。
僕は、シロの頭をなでてあげる。
僕はさっそく、拓海さんとの一件を話し始めた。
僕の説明に、シロは時折僕の顔を覗き込むような仕草をする。
考えながら聞いてくれている時の仕草。
シロ、お前は優しいな。
一通り話終えて僕は言った。
「ねぇ、シロ。雅樹にふさわしいって、どういう意味だろう?」
「にゃー」
「えっ? そんなこと、分かるかって? ふふふ。そうだよね」
シロも同じだ。
僕は嬉しくなる。
そうだよね。
これだけじゃあ、僕は何をしたらいいかわからないよね。
シロは、僕の目をじっと見る。
「どうしたの? シロ」
「にゃー」
「これだけはわかるって? 何を」
「にゃー」
「拓海さんは、雅樹を大事にしているって?」
確かにそうだ。
そうなのだ。
拓海さんは、雅樹のことをすごく思っている。
それは、分かる。
兄弟愛っていうものなのだろうか?
弟には幸せになってほしい。
そう思う兄の切なる願い。
でも……。
僕は、兄弟がいないからわからないけど、弟の恋人のことまで干渉するものだろうか。
娘の父親ならありそうではあるけど……。
「にゃー」
僕が頭を抱えていると、シロが言う。
「えっ? 拓海さんは、雅樹を愛しているのではないかって? まぁ、それはそうだよ。兄弟だもん」
「にゃー」
「ぶっ。恋人として!? まさか……」
はっとする。
そういえば、最初に拓海さんと会ったとき、
『君が男の子でよかった』
って言っていた。
あの時に感じた印象は、友達はいいけど恋人は許さない。
そう言うニュアンスと取れた。
もしかしたら……。
ともだちにシェアしよう!