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2-12-1 三角関係(1)
最近身についた癖。
無意識にチョーカーを触ってしまう癖。
触ってから、自分の行動にハッとして気付く。
僕は、飼い猫。
で、雅樹はご主人様。
『僕は何処にも行かないから、大丈夫だよ』
そんな無言のアピールかも……。
僕って可愛いなって自分で思って思わずクスクス笑った。
「なんだ、めぐむ。楽しそうだな」
「えっ? うん。そう? ふふふ」
今日は、フードコートでまったりとおしゃべりデート。
「めぐむ、だいぶ女装にも慣れたようだな」
「そう? うん、そうかも!」
最初は、手間がかかっていたメイクも最近は手際が良くなってきた。
それに、女の子の振る舞い、例えば、歩き方や座り方、手の動かし方や話し方、そんな日常の動作も、ようやく意識しないで出来るようになった、はず……。
今日みたいな学校帰りのデートの時は、雅樹が部活のミーティングに行っている間に、僕はムーランルージュによって、ささっと女装をして、ショッピングモールで待ち合わせ。
ちょうどいいタイミングでデートができるのだ。
雅樹は、ジュースを飲む手を止めて言った。
「おっと、忘れる前に返しておくな」
雅樹はカバンから文庫本を取り出した。
僕が貸した本だ。
「で、どうだった?」
僕はそれを受け取りながら、雅樹に問いかけた。
「おう。すげぇ、面白かったよ。サンキューな、めぐむ」
「えへへ。そうでしょ!」
「ああ、最後はびっくりしたよ。まさか、親友が最強だったなんて」
「うんうん。僕も驚いた。あーあ、僕もあんな風に親友を助けたいなぁ」
「ははは。そうだな」
やっぱり。雅樹なら面白いって言ってくれると思った。
僕は、興奮気味に言った。
「僕ね、絶対に続編があると思うんだ!」
「続編かぁ。あるかな?」
「絶対あるよ! 今度は、別れた恋人と再会とかさ……」
「ははは。そうだといいな」
「うん!」
僕は本をカバンにしまい、別の本を取り出した。
「ねぇ。雅樹。今、僕が読んでいる本は、これ」
「ん?『慎太郎と竜馬の恋物語』?」
「そう。幕末恋愛ファンタジーかな? 竜馬を好きになっちゃう慎太郎の話。すっごく面白くて、いま休み時間とかも我慢できずに読んでいるんだ」
「へぇ。そっか。じゃあ、それも読み終わったら俺に貸してよ」
「うんうん。いいよ!」
雅樹は、ニコッと笑った。
雅樹は、僕と付き合うようになって、本が楽しくなったと言っていた。
仲間ができたことは素直に嬉しい。
だから、僕は、おススメの本は、どんどん雅樹に教えて貸してあげる事にしている。
「あっ、そういえばね、雅樹。休み時間と言えばさ……」
「なに? どうした?」
「森田君の事なんだけどね……」
「翔馬? めぐむが翔馬の事を言うなんて珍しい」
今年から森田君とは同じクラスになった。
でも、僕と森田君は特に仲良く話す間柄というわけでもない。
雅樹とは相変わらず仲が良くて、僕は二人の様子を微笑ましく見守っているのが常である。
「そう? それでね。最近、森田君にジッと見られている気がするんだ」
「翔馬がめぐむを?」
そうなのだ。
その森田君が逆に僕の事をジッと見ている事がよくある。
それがとても違和感で気になる。
「うん。ジュンと一緒の時は、そうでもないんだけど、一人の時とか。ほら、本を読んでいる時とかさ……」
雅樹は、目を閉じて腕組みをした。
しばらく、唸りながら考え込んでいた。
そして、口を開く。
「そりゃ、もしかして」
「うん」
「めぐむの事を好きだったりして……」
「嘘! そんな事ある?」
僕は、驚いて聞き返す。
いくらなんでも、雅樹も認めるイケメンの森田君が僕に気があるなんて……。
ちょっと、想像出来ない。
「そういえば、翔馬のやつ、今のクラスで気になっている子がいるって言っていたな。もしかして……」
「冗談! だって、森田君が僕の事なんか……」
「いやいや、わからないぞ。これは、いよいよ、俺達、三角関係だな……」
「三角関係!? どっ、どうしよう……」
そんな……。
もし、万一、森田君が僕を好きだったりしたら、どうしたらいいの?
僕は、雅樹が好きだし、でも、その親友の森田君。
むげには断れないよね。
ああ、どうしたら……よくわからない。
頭の中がぐるぐる回る。
そんな僕を見ていた雅樹が吹き出す。
「ははは! 何焦ってるんだよ、めぐむ。冗談冗談! あはは」
「もう! そういう冗談はやめてよね!」
僕はほっぺを膨らませて雅樹を睨む。
「ごめん、ごめん。でも、本当に翔馬がめぐむを好きなら、俺達3人で付き合ってもいいかもな。3人でエッチとか。燃える」
僕は、雅樹を思いっきり睨む。
「雅樹! もう僕は引っかからないよ! 雅樹の変な冗談」
「ははは。ダメだったか。あはは」
「もう! ふふふ」
「オーケー。今度、翔馬に事情を聞いてきてやるよ。待っててな」
次の日。
数学の授業中。
「ここで、サインとコサインを組み合わせて……」
片桐先生は、カッ、カッと黒板に式を書きながら授業を進めている。
隣の席のジュンはノートを取りながら、ことある事にうん、うんと頷く。
ジュンは、片桐先生の数学の授業だけは、真剣そのもの。
まるで、大物アーティストとその熱狂的なファンといったところ。
一方、僕は、心ここにあらずで、昨日の雅樹の言葉を思い出していた。
『翔馬はめぐむの事を好きかもしれない』
僕は、前列の方に座る森田君の後ろ姿をぼぉっと眺めた。
いや、もしかしてあるかもしれないぞ。
僕は女装をするようになってから、明るくなったと思う。
心にあったわだかまりが一つ消えた。
そんな自覚がある。
ちょうど、森田君が僕の事を気にし出したのも同じような時期。
とすると……。
「えー、ここで三角関数を用いて……」
片桐先生の言葉に、思わず、僕はつぶやいた。
「三角関係ね……」
これは、あるよ。ある。
でも、せっかくだから、3人仲良くとか? あるかもな……。
もやもやがやってきた……。
僕を挟んで雅樹と森田君の3人は仲良く話をしている。
「なぁ、めぐむ。ほっぺにキスしていいか?」
「えっ、恥ずかしいよ。雅樹」
「ちょっと、待てよ、雅樹! 俺もキスしたいぜ。めぐむのほっぺ」
「もう! 森田君まで!」
「じゃあ、翔馬。同時にキスしようぜ」
「いいね。雅樹」
いっせいのせ! で二人は僕のほっぺにキスをする。
「ちゅ!」
「きゃ! もう! 二人とも、やめてよ。恥ずかしいな!」
でも、僕は、胸がキュンキュンして止まらない。
雅樹は、唇を舐めながら言った。
「じゃあ、次は唇な。いいだろ? めぐむ」
「俺もだぞ」
張り合うように、森田君が言う。
「えっ! 2人同時でキス?」
雅樹が、笑いながら言った。
「ははは。そうだな。3人で唇が合わさるとか、エロくない?」
「確かにな。でも、俺は嫌じゃないな。雅樹とだったら」
「だな!」
「えっ? 本当にキスするの?」
「当たり前だろ!」
二人、同時にそうに言うと、ちゅっと唇を合わせてくる。
ああ、3人でキスとか……エッチすぎる。
はぁ、はぁ。
僕は、一旦、意識を戻す。
うんうん。いいぞ、いいぞ。
でも、待てよ……。
エッチと言えば、本当のエッチはどうなるんだろう?
「それでは、この太線で示した二本の直線がこの円の中で交わって……」
耳に入って来た片桐先生の言葉に、僕はつぶやいた。
太い二本が中で交わるかぁ…。
もやもやがやってきた……。
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