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2-13-1 カラオケにて(1)

今日のデートはカラオケ。 最近、学校行事やらテストやらで忙しくてなかなかカラオケに来ることができなかった。 だから、すごく久しぶりなのだ。 ワクワクでテンションが上がる。 「今日は、思う存分歌おうね!」 「そうだな!」 場所は、いつものショッピングモール内にある行きつけのカラオケ屋。 僕達は手を繋ぎながら、意気揚々とお店に向かう。 「やっぱり、日ごろのストレス解消にはカラオケが一番」 「ははは。喉を傷めないように、ほどほどで」 「今日は、絶対に雅樹に勝つからね!」 「ああ、受けてたつよ。ははは」 雅樹とカラオケに来ると採点勝負をする。 でも、大抵は雅樹に負けてしまう。 雅樹は、眉目秀麗(びもくしゅうれい)の上にスポーツ万能、それでいて、歌もうまいのだ。 あの、低くて甘い声色で、難しい目のバラードも歌いこなす。 まったく、天は2物も3物も与えてずるい。 とは言いながらも、雅樹の歌声を聞けるっていうのも、僕の楽しみの一つなのだ。 ぞくぞくして、鳥肌が立って、気持ちいい。 僕達は部屋のチェックインを済ませて、ドリンクを注文した。 そして、さっそく歌い始める。 まずは、雅樹からだ。 今日も、いつもの通り得意曲で採点勝負をしているのだが、どうも雅樹の調子が悪い。 「雅樹、どうしたの? 今日は調子悪そうだね」 「うっ? うん。そうだな……」 歯切れの悪い回答。 まぁ、調子の悪いときもあるよね。 「じゃ、次、僕の番ね!」 よし! 今日は、チャンスだ。気持ちよく勝って、久しぶりに雅樹の鼻を明かしてやるぞ! 僕は、マイクを手に取り歌い始める。 僕は、どうも声変わりが無かったようで、結局声は高いまま。 なので、男性ボーカルより、女性ボーカルのキーと相性がいい。 まずは、雅樹とカラオケに来るようになって覚えた女性アイドルのヒットナンバーを歌う。 歌いながら、ふといい事を思いついた。 女装でカラオケに来るのは初めて。 だから、見よう見まねで振り付けも付けちゃおう! 僕は、モニターを横目で見つつ、踊りながら歌う。 ああ! 楽しい! 歌とふりがちょうど合うと、最高に気持ちがいい。爽快。 一曲歌い終えたところで、マイクを置いた。 「うふふふ。どう? 雅樹。よかったかな?」 「そっ、そうだな……」 「点数はっと……やったよ! 最高得点!」 「……すごいな」 あれ? どうも、雅樹の反応が悪い。 どうしたんだろう? 体調でも悪いのかな。店に来る前はそうでもなかったのに……。 「ねぇ、雅樹。今日、元気ないね?」 「そっ、そうか?」 「そうだよ! どうしたの? 体調でも悪いの?」 「いや……そんな事ない」 「じゃあ、どうしたの?」 じっと、雅樹を見つめる。 雅樹は、ふと、視線を逸らした。 いよいよ、雅樹らしくない。 「ねぇ、何かあるの? もしかして悩みとか?」 無言の雅樹。 しばらくして、雅樹は口を開いた。 「実は悩みがある。聞いてもらえる?」 「悩み? いいよ。もちろん」 やっぱり、悩んでいたんだ。 それにしても、雅樹の悩み。 どんな悩みだろう。 緊張するけど、悩みを聞いて雅樹をすっきりさせてあげたい。 「さぁ、どうぞ」 なかなか言い出さない雅樹を促す。 雅樹は、オホン、とわざとらしい咳払いをした。 「えっとさ、その……なんだ。怒らないで聞いてほしい」 怒る? 僕が? やっぱり。 そうか、僕のことで気に入らないことがあるんだ。 ショックを受けてもいいように身構える。 「うん、いいよ!」 「怒らない?」 「怒らないように気を付ける。さぁ、どうぞ!」 雅樹は深呼吸をする。そして言った。 「めぐむ、とっても可愛いよ!」 沈黙。 「え? それで?」 「だから、めぐむ、とっても可愛い」 沈黙。 「それだけ?」 「それだけだけど。あれ、怒らない? 嫌な気持ちにならない?」 雅樹は、おかしいなぁ、と首を傾げた。 「どうして?」 「いや、だって、『可愛い』って女の子に言うみたいだから」 「あぁ……」 なんとなく、雅樹の言わんとしていることを理解した。 僕はひとから、女の子扱いをされることを嫌がっている。 それを察してのことだ。 「めぐむ、そういうの気にしているかなぁと思って」 「そんなことないよ。それって僕の女装がうまくできているってことでしょ?」 僕は両手を胸の位置に置く。 「一応、女装するのだって、可愛いさはそれなりに意識しているつもりだし」 「うーん。ちょっと違う」 雅樹はあごを触りながら困った顔をした。 「女装がどうのこうのじゃなくて、めぐむ自身がさ」 「どういうこと?」 「めぐむって、生き生きしていると、なんだか、まぶしいんだ」 トクン……。 なにこれ。突然すぎるんだけど。 心臓の鼓動が早くなる。 「えっ? ちょっと、それって……なんか、恥ずかしいんだけど」 「とくに女装を始めてから、笑顔が多くなったし……」 「うん、まぁ、そうかも」 それは自覚がある。 女装することで、雅樹との距離はぐっと近づいた。 だから、デートするたびに、気持ちがリフレッシュされて心が満たされる。 それが、日々の生活で表情や態度にも自然と出ているんだと思う。 だって、毎日が楽しくてしょうがないんだもん。 「キラキラしてて、 俺 、ドキドキしっぱなしなんだ。いまも、ドキドキしている。それで、今日、歌いながら楽しそうに踊るめぐむを見て、もう我慢できなくなった」 言葉が出てこない。 照れて、耳が赤くなるのが分かる。 僕の方こそ、こんなにドキドキしてる。 僕は恥ずかしくて、顔を伏せた。 「あ、ありがとう……」 雅樹はしばらく間を開けて言った。 「それで、めぐむを褒めたい時って、どう言えばいいかなって、悩んだんだ」 僕は顔を上げて雅樹は僕の顔を見つめた。 「『カッコいい』というのも、ちょっと違うし、『キラキラしている』というのも変だし。だから、そのまま『可愛い』っていうのがしっくりくる。男の褒め言葉じゃないことはわかっているんだ」 僕は、溜息をついた。 「『可愛い』ってバカにされるなら怒るけど、本気で言ってくれるのなら、普通に嬉しいけど」 雅樹は、驚いた顔をした。 「え? 本当か?」 「うん」 雅樹は、身を乗り出す。 「女装のめぐむに、だけじゃないぞ。男のめぐむに、もだぞ?」 「平気。嬉しいよ」 「そっか! そっか!」 雅樹の表情がぱぁっと明るくなった。 「なんだ、そんなことなら、早くに話せばよかったな。ははは」 ふぅ。変なところを気にしちゃって。 でも、そんな雅樹の気遣いが嬉しい。 「なんか、ありがとう。気を遣ってもらって」 「いやいや、そっか、安心した。ずっと、言おうとして、喉まで出かかって止めていたんだ。めぐむに嫌な思いをさせたくなくて」 「ふふふ。なんだ、そんな事で元気なかったんだね。じゃあ、もう元気でた?」 「ああ。なんか、気分がいいよ。ずっと、引っ掛かっていたことがすっきりして」 僕達は微笑み合う。 でも、雅樹の本音を聞いて、ちょっと恥ずかしい。 僕は照れ隠しに、ウインクしながら冗談交じりに言った。 「今度からは、僕のことはどんどん褒めていいんだからね。可愛いって!」 「じゃ、めぐむ、さっそくだけど」 「なに?」 「可愛い!」 「ありがとう」 「可愛い、可愛い、可愛い!」 「ちょっと言い過ぎだから。大安売りみたい。ふふふ」 雅樹は少しふくれっ面をした。 「ずっと、言うのを我慢してたんだ。言わせてくれよ」 僕はやれやれ、というゼスチャーをしながら「どうぞ」と言った。 その瞬間、雅樹は、満面の笑みで僕に飛びついてきた。 僕をぎゅっと抱きしめると、耳元で僕のことを可愛いよ、大好き、って褒めまくる。 僕は、心と体がくすぐったくて、 「もう! いい加減にしないと怒るよ!」 っと言うと、雅樹は「いいよ、怒って!」と開き直って繰り返す。 褒められているんだ。嫌な気はしない。 心地よいふあふあした気分。 あぁ。 なんだろう。 この気持ち。 互いを尊重しながら寄り添い、二人の間壁を一つ一つ壊しながら、一歩一歩近づいていく。 きっと、これが「二人で幸せになっていく」ってことなんだ。 僕は、雅樹の甘い声に耳を傾けながら、うっとりとそんなことを考えていた。

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