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2-14-1 雅樹の彼女(1)
とある日のお昼。
僕は、いつものようにジュンと向い合せでお弁当を広げていた。
「ねぇ、めぐむ。高坂君のあの噂知ってる?」
「えっ?」
僕は、思わず箸を止める。
雅樹?
ジュンは、そう言いながら、モグモグとお弁当を食べている。
「あの噂って?」
「あっ、やっぱり知らないのか。あ、卵焼きいる?」
「う、うん」
僕は、ジュンのお弁当箱から卵焼きを一ついただく。
噂ってなんだろう?
ものすごく気になる。
「ボクは、小食だっていってるのに、ママはいつも多く入れるんだ。もう!」
「うん。それでさ、噂ってなに?」
ジュンは僕の顔を見る。
「あれ、何の話をしていたっけ?」
「だから、高坂君が、どうのこうのって」
「あぁ、それそれ」
ジュンは箸を止めて教室を見回す。
誰も近くにいないのを確かめると、話し始めた。
「今さ、2年の女子と1年の女子が高坂君をめぐって対立しているんだ」
えっ! 初耳。
しかも、どんなシチュエーションなのか想像もつかない。
「へぇ。どんな?」
早く聞きたい。
でも、あまり興味ないようにさりげなく聞く。
「めぐむは、イケメン見守り隊って聞いたことある?」
「イケメン? みまもりたい?」
「知らないか……」
ジュンはもう一度周りを見回す。
「今の2年の女子が中心となって結成されたらしいんだけど、要は、かっこいい男子のファンクラブってやつ」
「ふーん」
なにそれ。
すごい。
「みんなで、イケメンをこっそり遠くから眺めて愛でる。っていうやつさ」
「変な集団」
僕は、クスクス笑う。
「めぐむ、笑ってられないぞ。見守り隊だけど、リストに乗っている男子に直接接触するのは禁止の掟があるらしくて、掟を破ると制裁があるらしい」
「制裁って……怖い」
「本当に、女子って怖いよね。まぁ、抜け駆け禁止ってことみたい」
「なるほど。でも、その見守り隊って一部の人がやっているんでしょ?」
「それがさ、2年の女子はほとんど入っているという噂」
「ほんと? じゃあ、うちのクラスにもいるの?」
「もちろん。だから、このことは絶対秘密だよ!」
ジュンは、指でナイショのゼスチャーをする。
恐ろしい。
全く気づかなかった。
僕の知らない所で、そんな組織が暗躍していただなんて。
みんな、おくびにもださない。
女子って本当に怖い。
「それで、『1年の女子と対立』ってどういうこと?」
「まぁまぁ、めぐむ」
ジュンは水筒からお茶を汲む。
そして、ごくっと飲み干した。
僕は、早く、早くと気がせく。
でも、平静を保ってじっと待った。
ジュンは口を開いた。
「その見守り隊に入っていない1年の女子がさ」
「うん」
「高坂君に、告ったらしい」
ええぇえ。
思わず、箸を落としそうになる。
「そっ、それで?」
「どうやら、高坂君はふったらしいんだけど、見守り隊に気づかれてさ、一触即発の危機」
「危機って……」
でも、安心した。
そうだよね、雅樹は振るに決まっている。
僕っていう恋人がいるんだ。
「その1年の子もそれで諦めればいいのに、事あるごとに付きまとっているらしくて、見守り隊がピリピリしているんだよ」
「そうなんだぁ」
大体のことは分かった。
そうだよね、雅樹、カッコいいもん。
それは、イケメンリストに入るに決まっている。
なんといっても僕の彼氏だもん。
ふふふ。
あれ。
あれれ?
もしかして、僕達の関係がばれたら、いろいろと恐ろしいことになるんじゃ……。
制裁。
いや、それ以上かも。
怖い。
僕は背筋をブルっ震わす。
「と、いうこと。だから、高坂君の態度次第ではさ、血を見ることになるかも」
ジュンはそう言うと、お弁当箱を片づけ始めた。
「ジュン、そのリストって他にはどんな人が入っているの?」
「あぁ、ボクもよくは知らないんだけど、うちのクラスだと他には森田君が入っているらしいよ」
ジュンは声を小さくして言う。
「片桐先生は入ってないっぽい。セーフ。よかった」
ジュンはにっこり笑った。
「それにしても、ジュン。こんな情報どっから仕入れてくるの?」
「それはもちろん、オカルト研究会。やっぱりめぐむも入る?」
僕は、笑いながら首を振った。
僕は、下校の道すがら、ジュンが言ったことを考えていた。
たしかに、思い当たる節はある。
雅樹は1年生の時から、カッコいいと評判だった。
文化祭の時もウエイターに真っ先に選ばれていた。
でも、誰かに告白されたなんて話は聞いたことがない。
そうか。
見守り隊が見張っていた。
そう考えると腑に落ちる。
実は、僕も綱渡りだった。
そういうことかもしれない。
ふぅ、危ない。
でも、その1年の女子って、どんな子だろう。
ふられても付きまとうって。
雅樹からは一言もそんなことを聞いていない。
うーん。
これは、僕が、雅樹の恋人として、解決してあげなくてはいけない。
僕は小さく拳をかためると、うん、と決意を新たにした。
僕は家に帰ると、すかさずメールを打った。
『雅樹、とても大事な話がある。いつものモールで待っているね。遅くなってもかまわないから』
時計を見た。
雅樹はまだ、部活をしているはず。
さっと、着替えた。
今日は、女装なんてしている暇はない。直接、モールに行こう。
あっ、そうだ。
買ってもらったチョーカーを引き出しから取り出した。
そして、身に着けて鏡の前に立ってみる。
うん。
確かに、男の僕でも似合っている気がする。
僕は、お母さんに、友達と会ってくるからちょっと遅くなる、と言って外に飛び出した。
雅樹がショッピングモールのフードコートに現れたのは、しばらくたってからだ。
僕は作戦を十分練っていた。
うん。大丈夫。
「あー。あれ? めぐむ、今日は女装じゃないんだー?」
雅樹は眠そうに言った。
時折あくびをかいている。
疲れているんだ。
まぁ、仕方ない。
部活帰りなんだから。
「雅樹、大事な話があるんだけど……」
「まぁ、まってよ、めぐむ。なんか食べさせて」
「あ……うん」
なんか、調子が狂う。
雅樹は、のんびりとした動きで、ラーメンを買ってきた。
「へへへ。部活帰りのラーメンは格別だなー」
そう言うと、ゆっくりラーメンをすすり始めた。
あぁ、もう、じれったい!
僕はイライラして待つ。
「めぐむ、お待たせ。ご飯食べたら、ちょっと目が覚めた」
雅樹は、水をゴクっと飲んだ。
よし。
さあ、いうぞ。
「雅樹、最近困ったことってない?」
「困ったこと? うーん」
雅樹は頭をひねっている。
「とくに、ないかな」
「例えば、誰かに告白されたとか?」
「あー。めぐむよく知っているな。なんて名前だったか1年の子に告白された」
「でしょ? 困っているでしょ?」
「うーん。困っているって程でもないな。告白される度に断るだけだから」
「むむむ」
困ってない? って。
あれ。
おかしい。
僕は、何を解決しようとしていたんだっけ?
ちょっと頭が混乱する。
「あ、あれ、めぐむ。チョーカーつけてきてくれたんだ」
雅樹は今ごろになって、僕のチョーカーに気が付いたらしい。
「もう、ちょっと黙っててよ。頭の中を整理するから……」
雅樹は、僕の言ったことなんて聞いてない。
似合っている。いいよ、いいよ。と言いながら、スマホを取り出し写真に収めると、嬉しそうに眺めた。
「とにかく、雅樹は好きでもない子に告白をされて困っている」
「いや、だから、そうでも……」
「困っているの! いい?」
「わっ、わかった。困ってる」
「そう。じゃあ、僕が解決してあげる!」
うん。
これで、いい。
ようやく話が戻った。
「で、作戦があるんだ」
「作戦?」
「何度も言い寄るってことは、他に好きな人がいる、って言ってないんじゃない?」
「そうだな。確かに、言ってない」
「だから、可能性がある、って思っているんだよ。その子」
雅樹は、僕の顔をぽやっとしながら眺めている。
「めぐむ、やっぱり男のめぐむもいいなぁ。可愛いなぁ。キスしたいよぉ」
ん?
何を急に?
あっ。
雅樹の目がとろんとしている。
さては、眠いんだな。
「もう、雅樹、ちゃんと聞いて!」
雅樹の目が大きくなる。
「うん。聞いているよ!」
「じゃあ、例えば、可能性があると思っていたのに、本当は彼女がいたとしたらどう?」
「それはビックリするな」
「ビックリして?」
「諦めるかな」
「でしょ? 僕の作戦はまさにそれ。実は彼女がいた大作戦」
「へぇ。すごいね」
「ねぇ、雅樹。いま、本当にすごいと思った?」
「えっ? なにが?」
「はぁ。もう、張り合いがないな……」
そう。
この作戦は、僕が雅樹の架空の彼女に扮して、その事実を広めるというものだ。
実は、雅樹は付き合っている彼女がいた。
設定としては他校の女子。
もちろん、危険性がある。
普段の僕の女装ではばれないとも限らない。
だから、普段の女装とはまったく別のイメージ、しかも、なるべく派手で大勢に注目される格好で臨む。
そもそも、他校であれば、見守り隊だって手は出せないはず。
それに、彼女に扮するのは1回きりでいいんだ。
この完璧な作戦。
ふふふ。
「なぁ、めぐむ。それって、めぐむが女装して現れるってこと?」
「そう」
「それってさ、大丈夫だとは思うけど、万一バレたりしたら危険じゃない?」
「もう、雅樹、聞いていた?」
「何を?」
「いつもの女装とは全然違う雰囲気にして、完璧に別人に化けるの」
「おぉー。なるほど。それなら、いいか」
うーん。
どうも、雅樹は関心が薄い。
でも、困っている雅樹を助ける。決心は変わらない。
「じゃあ、さっそく明日ね。たしか、部活早めに終わる日だよね?」
「うん」
「明日の放課後、別人に化けて、校門で待っているから。一緒に帰ってアピールしよう!」
「明日か。ところで、どんな格好になるんだ?」
「それは明日のお楽しみ。どんな格好でも雅樹は絶対に分かるって言ったよね?」
僕は意地悪そうに言った。
「それは大丈夫だ。任せろ!」
「じゃあ、今日はこれで帰ろう。明日に備えなきゃ」
「あれ、キスは?」
「何言っているの! 早く帰って寝る。いいね!」
「わかったよ。なんかお母さんみたいだな。今日のめぐむ」
雅樹は不満気に口を尖らせる。
僕は、雅樹がカバンを持つのを手伝うと、国道沿いのバス停まで背中を押して上げた。
よし、明日。
絶対に成功させるぞ!
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