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2-14-2 雅樹の彼女(2)
僕は授業が終わると、すぐにアキさんのお店『ムーランルージュ』に向かった。
スタッフルームに入ると、マネージャーのユミさんに挨拶をした。
「おはようございます。ユミさん」
「今日は早いわね。めぐむ君。デート?」
「はい」
ユミさんは、パソコンのキーボードをカタカタと鳴らしている。
ムーランルージュでユミさんは特別な存在だ。
キャストさんのシフト調整、開店後のお店の運営、業者の手配、イベントの企画に至るまで、お店の経営すべてに関わっている。
お店の副店長のような役職なのだろう。
アキさんが言うには、「ユミ無しではお店が回らない」だそうで、僕から見ても凄い人だ。
「おはよ、めぐむ! 今度、彼氏くん連れてきなさいよ!」
そう僕に気軽に話しかけてくれるのは、トップキャストの一人であるヒトミさん。
綺麗目なお姉さん風ファッションでいつ見ても素敵だ。
僕とは不思議と話が合う。
もしかしたら歳は僕とはさほど離れていないのかもしれない。
「はい。機会があればぜひ」
僕は、そう答えた。
開店前のスタッフルームは、キャストさん達が着替えや休憩で集まってくる。
華やかで活気があって楽しい雰囲気で満たされる。
何よりもそう感じるのは、キャストさん達が、僕にやさしく接してくれるからだと思う。
きっと、『アキさんのいとこ』と言う設定が効いているのに違いない。
僕は、ロッカールームへ行き、鍵を開けた。
そこには、お気に入りの服のほかに、セーラー服がかけてある。
よし、今日はこれの出番だ。
この近辺の学校では、まず見かけないセーラー服。
だから、人の目に付くはず。
僕は服を脱ぎ、下着を替えた。
最近では上はブラトップかカップ付きのキャミを着用する。
カップが入っているとすこし胸があるように見えるのが嬉しい。
今日はパッドを追加して、ボリュームをだす。
「よし。雅樹びっくりするかな」
僕は雅樹を想像してクスッと笑った。
セーラー服を一通り着たところで、アキさんが声を掛けてきた。
「あら、めぐむ。来てたんだ」
「おはようございます、アキさん」
「今日はセーラーにするの?」
「はい。ちょっと目立つ格好にしたいので」
「えっ、目立つ? どうして?」
驚くアキさんに、僕は今日の話をした。
「なるほどね。でも、白のセーラーに赤のタイか」
アキさんは僕の姿をしばらく観察する。
「そうね。これだと、目にはつくけど、かえって地味かも。清楚で可愛いんだけど」
「え、本当ですか?」
「ええ。セーラーってコーデが難しいのよ」
「そうなんですか」
僕は少しがっかりした。
「そうだ。思い切って、ギャルメイクしてみない? それなら、絶対に目立つと思う」
「ギャルメイク? ですか」
「うん。そうしましょ。めぐむのギャル姿みたいし」
アキさんは楽しそうだ。
僕は、よくわからないけど、お願いすることにした。
いつものメイクとはだいぶ違う。
カラコンに、つけま。
アイメイクはいつもよりかなり念入り。
ウィッグはカールが入ったピンクメッシュ。
「さぁ、できた。ちょっと見てみて」
僕は鏡をみて驚いた。
これがギャルなのか。
カラコンのお陰で明らかに黒目が大きい。
目元もラメのせいかキラキラしている。
そして、リップも艶やか。
髪の色がかなり明るいから、印象もガラリと違う。
まったくの別人。
僕じゃないみたい。
「アキさん、すごいです! これなら目立てると思います!」
「よかった。でも……」
アキさんは首をかしげた。
「ギャルメイクなんだけど、なんでだろう? めぐむはキレイ系にも見えるわね。そうだ、これで今度お店に出てもらおうかしら」
「お店ですか?」
「冗談よ。うふふ。さぁ、めぐむ、ちょっと立ってみて」
「はい」
アキさんは、僕の全身を眺めた。
「意外と、セーラーとの相性、いいわね。スカートだけどいつもより折って。そうそう。いいわ」
「これだと、ちょっと短くないですか?」
「ううん。このくらいじゃないと、かえって変」
下着が見えてしまいそうだ。
ちょっと恥ずかしい。
「やっぱり、ネイルが寂しいわね。シールつけてみよっか。ちょっと手を出してみて」
僕は手をだして、爪を綺麗にしてもらった。
「これで完成。めぐむ、自信をもっていってきていいわ」
「はい。ありがとうございます!」
これで完璧。
さぁ、作戦開始だ。
僕は、正門の前で、雅樹を待った。
セーラー服にギャルメイク。
下校する生徒たちは僕のことをジロジロ見る。
よしよし。
目立ってる、目立ってる。
うん。狙い通り。
「おい、あの子かわいいぞ!」
「声をかけてみろよ!」
「いや、待ち合わせだろ」
あぁ。
なんか、快感。
僕はほくそ笑む。
さすがアキさんだ。
時計を見た。
もう、そろそろかな。
丁度、雅樹が友達とやってきた。
あっ、森田君だ。
雅樹と目が合った。
雅樹は、僕の姿をちょと見て目を逸らした。
さすが!
一発で、僕と分かったようだ。
「おい、雅樹、あの子可愛いぞ!」
森田君が言った。
よし、このタイミング!
僕は、思いっきり可愛い声を出して言った。
「遅い! マー君、待ったよ!」
わざとらしく胸を突き出して伸びをする。
森田君が驚いて、雅樹の顔を見た。
雅樹は、
「あっ、ごめん。あれ、俺の彼女」
と照れながら言った。
「おい、まじか!」
森田君はびっくりした表情。
「いつの間に、こんな可愛い子!」
僕は、雅樹に目くばせをした。
「あ、紹介する。こっち友達の翔馬。で、こっちは……」
「マー君の彼女のあきでーすっ!」
僕は、咄嗟にアキさんの名前を出した。
「へぇ、あきちゃんか。初めまして」
「初めまして、よろしくー!」
そんなやり取りをしている姿は、下校中の生徒達の注目の的になっている。
うん。
順調、順調!
雅樹は、森田君に言った。
「と、言うわけだから、今日はごめん、翔馬」
「おお、いいって。じゃあな、雅樹」
森田君は、またね、と手をふると、そそくさと立ち去っていった。
僕は、森田君を見守ると、雅樹を見てニヤッとした。
「いこう。マー君!」
僕は雅樹の腕を引っ張り、腕を絡ませる。
そしてわざとらしく身体を寄せる。
「そんなくっつくなよ、めぐむ」
雅樹は、小声で言う。
「いいの、いいの!」
僕と雅樹はゆっくりと駅に向かって歩き出した。
「森田君には悪いことしちゃった?」
「いいって。それより、すごいな。もはや別人だぞ」
「どう? 可愛いでしょ。『あたし』」
僕は、腰に手を置きポーズをとる。
「いやー。可愛いを通り抜けて、エロいな。もはや」
「どうして?」
「スカート短いんだよ、それ。パンツ見えそう」
僕は、瞬間的にスカートのお尻の部分に手を当てた。
「でも、これぐらい普通ってアキさんが……」
「唇もなんかプルンとしてるし、相当、遊んでるって、感じだな」
「そんなに?」
「ああ」
周囲をみると、下校中の生徒達にチラチラみられているのがわかる。
僕はそれを意識して色っぽく口を突き出す。
「んー。んー」
雅樹は耳元でささやく。
「さすがにやりすぎじゃない?」
「そんなことないよ」
「まぁ、でも、その姿のめぐむでも、俺は全然平気だけどな」
「平気って?」
「エッチするの」
「バカ!」
僕は、カバンで雅樹を叩いた。
はっ。
しまった。
周りから見られていたんだった。
でも、幸か不幸か、ラブラブに見えているっぽい。
周囲を見回すと、みんな目を逸らした。
「なぁ、めぐむ。どこまで一緒に行けばいいんだ?」
「中央駅で僕は降りるから。そこで作戦終了かな」
「長いな……」
「えっ、僕と一緒にいるの嫌?」
「正直に言っていい?」
「いいよ」
雅樹は、間髪入れずに答えた。
「俺、勃起してきた」
「ぶっ!」
「そんなに長く今のめぐむといたら、襲いたくなる」
「本気なの? 雅樹? こんな派手目な子が好みだった?」
ショック……。
じゃあ、いつもの僕って、好みじゃないの?
雅樹は。恥ずかしそうにうつむいている。
と、思ったけど、クスクス笑い声が聞こえてきた。
「うそなんでしょ?」
「ばれたか。ははは」
「だと思った!」
二人して笑った。
あぁ、演技なんてしなくても、僕と雅樹はそもそもラブラブだったんだ。
その後も、僕達はいつもどおりの会話をして、作戦を完了した。
数日が経った。
ジュンとお弁当を広げて昼食をとっていると、ジュンが小声でささやいた。
「ねぇ、めぐむ。聞いた? 高坂君の彼女の話?」
そらきた。
「ううん。知らない。どうしたの?」
「それがさ、こないだの話に関係することなんだけど」
「うんうん」
ジュンは、声をひそめて言った。
「高坂君って、彼女がいたんだ。よその学校の」
「へぇ、そうなんだ」
それ、僕だけどね。
「それで、どうも、例の1年の女子は手を引いたらしいよ」
よし。
作戦通り。
「じゃあ、見守り隊はどうなったんだろうね。高坂君はリストから消えたのかな?」
「いや。それがね。残っているみたい」
「そうなんだ」
んっ?
どうして?
「その高坂君の彼女を見たって人の話だけど、その彼女」
「うん」
「ギャルでかなり遊んでるって噂。高坂君は優しいからしょうがなく付き合っているんだって。絶対に別れる、という意見が多数らしくて」
うっ……。
まぁ、その通りだけど……。
ちょっと言い過ぎじゃない?
はっ!
きっと見守り隊だ!
でも、考えてみれば、見守り隊が悪い虫を追っ払ってくれると思えば、悪くないか。
うん。
取り合えずは成功だね。
でも、よかった。
それに、雅樹は、あぁいう派手な子が好みじゃないことも分かったし。
ほんとに安心した。
「めぐむ、聞いていた?」
「ん。何を?」
「だからさ、そんな子にでも真面目に付き合っている高坂君に、好感を持てたってこと」
ジュンは表情を明るくさせた。
「高坂君だったら、ボクたちでも友達になってくれるかもよ? 今度、声をかけてみない?」
「え?」
ああ、そうか。
雅樹に彼女がいると知れた今なら、僕が雅樹と少しぐらい仲良くしたって、誰も僕と雅樹の間を怪しまないだろう。
もう、雅樹と他人行儀でいる必要はないんだ。
「ジュン、そうだね。高坂君と友達になろう。うん。そうしよう!」
「う、うん。めぐむがそんなに乗り気になるとは思ってなかったよ」
やった!
学校でも、雅樹と仲良くできる。
夢のよう。
僕は、いつ雅樹と友達になろうか、思いを巡らせていた。
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