30 / 55

2-16-1 プール日和(1)

夏休みに入った。 僕達は、かねてより計画していた郊外にある大型のプールへ遊びにきた。 真夏の日差しで、朝から暑い。 加えて天気も良く、まさにプール日和。 今日は、男の子モードで来る予定だったけど、急遽(きゅうきょ)予定を変更。 女の子の水着でやってきたのだ。 雅樹が、僕の格好を見た第一声は、 「めぐむ、どこにしまったんだ?」 だった。 「もう! そんなのはどうでもいいでしょ! それよりどう? この水着」 僕は、腰に手を当ててポーズをとる。 「うっ、うん。まあまあかな……」 「まあまあ?」 アレ、反応がイマイチ良くない。 「あまり、雅樹の好みじゃなかった?」 「いや、似合っている。いいよ、いい! さぁ、手を繋ごう!」 雅樹はそう言って、僕の手を取った。 数日前の事。 僕は、アキさんに、女の子の水着を着れないか尋ねたところ、 「うん。大丈夫よ。めぐむなら」 と普通に返ってきた。 どんな水着がいいか悩んでいると、丁度その場にいた僕と仲の良いキャストさんのヒトミさんが、 「めぐむ、水着買うなら一緒に選んであげましょうか?」 と声をかけてくれた。 で、選んだのがこれ。 水色のふあふあフリルがついたスカート付きの水着。 ヒトミさんが言うには、どうやら今年の定番なのだとか。 「めぐむ、これビキニだけどフリルの部分で体型もごまかせるし、めぐむに似合うと思う」 僕は、ヒトミさんおススメのこの水着が一発で気に入った。 という事で、今日は雅樹になんと言われるかドキドキしながら来たのだ。 でも、何だか反応が薄いな……。 雅樹は、もっと褒めてくれると思ったのに。 まぁ、いいや。 きっと、自然に周りに溶け込みすぎて逆に反応できないくらいなのかも……。 それにしても今日は絶好のプール日和。 僕は手をかざして水しぶきがキラキラ舞うプールサイドを眺めた。 大人から子供、男女問わずみんな楽しそうな笑顔で溢れている。 うん。 この開放的な雰囲気のなか、思う存分、雅樹とイチャイチャ出来るんだ。 早く僕のその輪の中に飛び込みたくて、ワクワクして気がせく。 僕は、雅樹の手を引っ張って、流れるプールへ足を向けた。 「雅樹、さぁ、いこうよ!」 「めぐむ、ちょっと待って。デッキスペースを借りない?」 「デッキスペース?」 雅樹の視線の先はパラソルとデッキチェアがある有料席の区画。 簡単な衝立で囲われていて、ある程度プライベートは確保できるようだ。 僕達は、さっそく、場所を借りてデッキチェアにゴロリと寝そべった。 「へぇ。すごいね。ちょっとしたリゾート気分だね」 「だろ? 疲れたら休めるしな」 「あ、そうだ。雅樹、日焼け止め、塗ってあげるよ」 「おお、サンキュー」 僕は、雅樹をデッキチェアにうつ伏せさせて背中に乗った。 ああ、広い背中。 ガバっと抱き着きたい衝動を必死に抑えながら、日焼け止めを塗った。 よし! 今日の目標は決めた! 雅樹の背中にくっつくこと。 僕は、密かにそう考えて拳をギュッと握った。 僕達は、プールの流れに身を任せてゆらりゆらり進んでいく。 水しぶきが光のプリズムを作り、弾ける水が顔に掛かってもなんだか心地よい。 「ねぇ、雅樹ってここのプール初めて?」 「いや、俺は、小さい頃は、毎年きてたな」 「へぇ。いいなぁ。僕は、こんな大きなプールは初めてかも。近所の市民プールも数える程しか行った事ないし」 「そっか。よし! めぐむ。今日はとことん楽しもうぜ!」 「うん!」 僕は、ふと大きな(やぐら)みたいなものが目に入った。 大きなバケツが宙釣りになっている。 「ねぇ、雅樹、あれ何?」 「ああ、あれは、水がたまると、バケツが回転して水がドバっと落ちるんだ」 「へぇ。面白そうだね」 「いくか?」 その時、ちょうどバケツの水が溢れて、ザバン! と水が滝のようになだれ落ちた。 キャーと歓声が上がる。 「すっ、すごい……どうしようかな……怖そうだけど……」 ずぶ濡れになった人達の中に、楽しそうにキャッキャッしながら抱き合っているカップルが見えた。 瞬時に決断。 「いく!」 「ははは。じゃあ、いこうか?」 雅樹は、笑いながら僕の手を取った。 雅樹は、僕の考えなんかお見通しっぽいけど、ぜんぜん構わない。 イチャイチャ出来るなら、いいんだもん! 僕達は、ちょうど、バケツがひっくり返る位置でスタンバイ。 雅樹は、両手を広げて全身で受けとめる構え。 男らしいけど、大丈夫かな……。 先ほどの滝のような水流を思い出し、ぶるっとする。 僕は、その影にちょこんと隠れる。 目の前には、雅樹の大きな背中。 「めぐむ、そろそろ準備な」 「うん!」 雅樹の背中にくっつく準備オーケー! 僕は、それっ! と雅樹の背中にぴとっとくっつく。 やった。早くも今日の目標達成! ああ。それにしても雅樹の背中は広いな。 それに温かい。 ずっと、こうしていたいな。 頬をスリスリ。 「めぐむ、くるぞ!」 ああ、気持ちいいなぁ……。 サブン! ぶっ! 雷? 轟音と共に頭と肩にずっしりとした重みがのしかかった。 あまりの事で、声を出せない。 僕があっけに取られていると、雅樹は、楽しそうに言った。 「ぷはっ! 気持ちいいなぁ。あれ、めぐむ、どうした?」 「どうしたも、こうしたもないよ。酷いよ、これ……」 先ほどの衝撃で、体がふらふらするのと、全身、びちょ、びちょ。 それに、目に水が入って前がよく見えない。 「だから、来るっていったのに……」 「だって……えっ……」 顔を拭って目に入った雅樹の姿に、僕は言葉を失った。 日の光を背に浴びて、髪をかき上げる、雅樹。 絵から飛び出したかのような光景。 トクン……。 ああ、胸がときめく。 カッコいい。カッコよすぎるよ、雅樹……。 酷い目にあったけど。 うん。これは、これでいいかも。 幸せ……。 僕達は、再び流れるプールに乗って、航海を始めた。 ゆらりゆらり、ゆっくり、のんびりの旅。 僕は、浮き輪の上に腰掛けて空を見上げた。 太陽が眩しい。 目を閉じると、耳からは子供たちの楽しそうな歓声が入ってくる。 隣を見ると、雅樹も同じように目を閉じて、優しい表情で微笑みを湛えている。 ああ、いいなぁ。 雅樹とプールに来たっていう実感。 しばらく進むと、滝のカーテンをくぐった。 ドドドと水が降り注ぐ。 「きゃ!」 僕は、小さい悲鳴上げた。 風景は一転。薄暗い空間。 しばらく建物の影を通るようだ。 雅樹は僕の耳元でささやいた。 「ねぇ、めぐむ」 「ん?」 間近に、雅樹の顔。 ニコッと笑うと、僕の唇に唇を合わせてきた。 雅樹の柔らかい唇の感触。 んっ、んっ、んっ。 ああ、雅樹とのキス。 体の芯までとろちゃう。 愛されているってことを体全身で感じる。 もっと、もっと、触れていたい。 キスしていたい。 でも、光が見えてきた。 二人だけの甘いひと時も、もう終わってしまう。 ぷはっ……。 僕達は残惜しそうに唇を離した。 再び滝のカーテンをくぐった。 また明るい陽射しが戻ってきた。 「ねぇ、雅樹」 「ん?」 「もしかして、キスするのって最初から狙っていた?」 「ははは。ばれた? 実は、ずっと考えたいたんだ。今日は、ここでめぐむとキスするぞ! って」 「ふふふ」 「なんだよ。笑うなよな!」 雅樹は、不服そうに口を尖らせた。 僕は、すぐに首を振った。 「ううん。違うんだ。やっぱり僕達って似てるなって思って」 「えっ? なにが似てるって?」 「うふふ。秘密」 雅樹は、なんだよな、と不服そうにつぶやいたけど、すぐに機嫌を直して 「よし、そろそろお昼にしよう!」 と言った。 一通りメニューを眺め、二人で悩んだ結果、焼きそばに決まった。 雅樹はラーメンを推したけど、焼きそばを推した僕がジャンケンで勝ったのだ。 「じゃ、焼きそば買ってくるよ。席とっておいて」 「うん、分かった」 僕は、パラソル付きのテーブルを確保した。 目の前の子供用のプールを眺める。 ふふふ。 可愛いなぁ。 オムツが取れたぐらいの子から幼稚園ぐらいまでの子供たちが、大はしゃぎしている。 みんな笑顔。 心からプールを楽しんでいるんだ。 僕まで楽しくなっちゃう。 そこに、足元にビーチボールが転がってきた。 僕はそれを拾い上げると、走ってきた子にしゃがんで渡した。 「はい、どうぞ」 「ありがとう、おねぇちゃん」 その子は、にっこり笑ってまたプールへ走って行った。 おねぇちゃんか……。 そっか、女装してるんだっけ。 立ち上がったとところで、誰かに声をかけられた。 「ねぇ、君。かわいいね」 「へ?」 そこには大学生ぐらいの男がニヤニヤしながら立っていた。 ナンパ……? 日焼けした肌、茶髪、それに耳や鼻についたピアス。 イケメンの部類なのだけど、まったく僕の趣味じゃない。 というか、僕は嫌悪感すら感じる。 「俺達と一緒にあそばない?」 「いっ、いいえ、結構です」 「お友達と来ているのかな? ひとり?」 「……」 その男の後ろからもう一人現れた。 同じような雰囲気を持っている。 ああ、どうしよう。 よりによって近くに雅樹がいない。 「そんな事いわないで遊ぼうよ。君、中学生かな? もしかして、小学生?」 「しょ、小学生って……」 「ごっ、ごめん。中学生だったか。うんうん。可愛いね」 ヘラヘラ笑う二人。 僕はカチンと来た。 どっから、どう見たって、小学生には見えないでしょ! 中学生だって……。 人を馬鹿にして! 「ねぇ、あっちにかき氷とタピオカのお店あるから、一緒にいこうよ。おごるよ」 男が僕の手首を握った。 「はっ、はなしてください! やめて!」 「ほら、怖がらないでいいから……ね!」 僕は、強引に手首を引っ張られて、前につんのめった。 あぁ、雅樹……。 たすけて……。

ともだちにシェアしよう!