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2-16-2 プール日和(2)
その時、後ろから声が聞こえた。
僕は、瞬時に振り向く。
「ちょっと、彼女の手を離してもらえますか?」
両手に焼きそばの器を持った雅樹が立っていた。
「なっ、誰だ?」
二人の男は、一瞬、顔をしかめて雅樹を睨んだ。
しかし、すぐに、ニヤっと笑った。
「ははーん。お仲間さんかな? なぁあ、兄ちゃん。俺達もこの子と遊びたいんだけど……仲間に入れてもらえないだろうか?」
「何を言って……」
雅樹は、たじろいだ。
二人の男は、馴れ馴れしい口調で雅樹に話かける。
「だって、君、大学生? ああ、高校生か。いけないなぁ。こんな可愛い子を独り占めにして。なぁ」
「ああ、そうだ。いいだろ? 同士、ここは助け合いで。うひひひ」
いやらしい笑い方。
僕は、気持ち悪くて、体をぶるっと震わせた。
わかった。
ナンパ男達は、雅樹も僕をナンパしたって勘違いしているんだ。
雅樹も、それに気が付いたようだ。
「お前たち、ふざけるなよ。俺は、ナンパ師じゃない。この娘 の彼氏だ」
「なっ、彼氏だと?」
ナンパ男達は、驚いたように互いに顔を見合わせた。
僕は、隙を見て、ナンパ男の手をすり抜け雅樹に飛びついた。
そして、陰に隠れるように、腕にしがみつく。
「まっ、まじか。くそっ。まさか、彼氏持ちのJCかよ……」
「あーあ。行こうぜ。彼氏持ちじゃ萌えないわ」
「そうだな」
二人の男達は、次の獲物を探しに去っていった。
僕は、へたへたと座り込んだ。
「大丈夫だったか? めぐむ」
「うっ、うん。でも、怖かった……」
雅樹は、僕の肩を抱いて席に連れていってくれた。
「ごめんな。一人にした俺がいけない」
「そっ、そんなこと……」
雅樹が悪いことなんてなにもない。
謝る必要なんてない。
「雅樹、ありがとう。助けてくれて」
「ははは。めぐむ、可愛いもんな。でも、ああいう、ロリコンには注意しないとな」
雅樹は、にっこり笑って言った。
可愛い?
ああ、今日、初めて『可愛い』って褒められた気がする。
僕を励ますつもりなんだろうけど、言葉に出してもらうとやっぱり嬉しい。
気持ちが高揚して、自然と頬が緩む。
むふふ。
雅樹は、焼きそばを並べ箸を僕に手渡した。
「嫌なことは忘れよう。ほら、めぐむ、焼きそば、食べようぜ!」
「うん!」
僕は、さっそく、焼きそばに箸をつけて、美味しい! と舌つづみを打った。
雅樹は、本当だな、と同意した。
もう、僕の頭の中からはさっきのナンパの事はすっかり消えていて、気分はよくなっていた。
単純なんだ、僕は。ふふふ。
ご飯を食べた後は、僕達はウォータースライダーや、水上アスレチックなどを堪能した。
そして、遊び疲れてデッキスペースに戻ってきた。
ゆったりと、デッキチェアに寝そべる。
ああ、心地よい。
僕は、ふと、さっきナンパ男の言っていたことを思い出した。
「ねぇ、雅樹」
「なんだ?」
「ねぇ。雅樹。僕って、幼くみえる?」
雅樹は、少し動揺した素振り を見せた。
「えっ? あっ、ああ。まぁ、ちょっとな。気にすんなよ」
「うん。でも、小学生って言われたときには、さすがにね……」
「そうだな。うん。それは言い過ぎだな。あはは……」
「あれ? もしかして、雅樹もちょっとはそう思っているの? 中学生って勝手に思われていたけど」
「だから、気にするなって。うん」
はぁ。
なんだ。
雅樹もそう思っているんじゃん。
「雅樹って、僕が子供っぽいのって嫌だよね?」
「えっ? まぁ、そうだな……」
雅樹は、僕に気を使っているのか歯切れが悪い。
「はぁ。ごめんね、雅樹。どうも僕って女装すると幼く見えちゃうみたい。今日だって、きっと、アンバランスなカップルに見えていたかも。大学生と女子中学生みたいに……雅樹だって、ロリコンって思われていたみたいだった。嫌だったでしょ?」
「平気だって。俺は、めぐむがどう見えようが一向にかまわないから。だから、めぐむは、そんなことは気にしないで好きな格好すればいいよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな……ふあーあ」
僕は、不安だったことがちょっと解消されてホッとした。
そして、すぐに眠りに落ちていった……。
目が覚めた。
もう夕陽がさしている。
「あれ? 僕、ねちゃってた?」
「おっ、おう……寝てたな」
雅樹が傍らで僕の顔を凝視していた。
「ん? 雅樹は起きてたの?」
「あっ、ああ。俺も、さっき起きたところ」
雅樹は、僕の質問に目をスッとそらした。
「あー。なんか、怪しいなぁ。もしかして、寝ているときに僕に何かした?」
「えっ! なにもしてないけど……」
白々しい口笛。
でも、音が出ていない。
これは、ますます怪しい。
「キスとか、してたりして……」
「キス? あっ、ああ、そうそう。キスしちゃったよ。だって、めぐむの寝顔、可愛いからさ」
「もう! やっぱり、してたんじゃん!」
「ははは。わりぃ、わりぃ」
雅樹は、悪びれる様子もなく、わざとらしく笑い始めた。
僕は、頬を膨らませた。
「どうして、寝ているときにキスするの! はい。今してよ! んー!」
「ははは。分かった、分かった。はい、ちゅー!」
優しく唇が重なって、チュ!っと音がした。
ソフトなキス。
「えへへ。お目覚めのキス」
「なっ、なぁ、めぐむ。そろそろ、俺達も帰ろうか? もう閉園になりそうだからさ」
「うん。そうだね」
確かに、周りのデッキスペースにはもう誰もいない。
「ねぇ、雅樹。今日はありがとうね。僕、すごく楽しかった」
「めぐむが、喜んでくれてよかった。ああ、俺も楽しかった」
「うん。また来ようね!」
「ああ!」
そのまま帰路につき、僕はムーランルージュに戻ってきた。
バックから、水着を取り出し、ため息をついた。
「はぁ」
この水着、すごく自信があったんだけど、あまり褒めてもらえなかった。
やっぱり、雅樹は僕の子供っぽい姿は好きじゃないのかもな。
だって、しょうがないんだ。
この水着がいけないわけじゃない。
前々から薄々は気付いていたんだ。
僕は女装すると幼く見えてしまう事。
今日のデートではそれが嫌ってほど分かった。
それに水着だと、体のラインがでちゃうのが余計にそうさせるんだ。
僕は、男の子だから胸はパッドで誤魔化せても、くびれはないし……。
きっと、幼児体型に見えちゃうんだ。
「はぁ」
「あら、めぐむ。どうしたの、溜息なんてついて」
声を掛けてくれたのは休憩中のヒトミさんだ。
「あっ、ヒトミさん? 聞かれちゃいました?」
「ふふふ。そんな、大きなため息じゃね」
僕は、ヒトミさんへ事情を話した。
ヒトミさんは、僕に同情のまなざしを向けた。
「そっか。あまり褒めてもらえなかったんだ」
「はい……でも、僕が子供っぽいのがいけないんです」
「うん。でも、めぐむは可愛いらしいと思うんだけどね」
「ありがとうございます。ヒトミさん」
ヒトミさんは優しいな。
ちょっとした一言で元気が湧いてくる。
僕がロッカールームに戻ると、ヒトミさんの声が聞こえてきた。
「ああ、そうだ、めぐむ。水着はすぐに水洗いしたほうがいいわよ。プールの水って|生地《きじ》傷めるから」
「はーい」
僕はビニール袋から水着を取り出した。
「あっ、本当ですね。なんだか、水着がぬるぬるしてます」
「えっ? さすがにそれはないんじゃない?」
ヒトミさんがロッカールームまで、僕の様子を見に来た。
気が付かなかったけど、ビキニのトップス、それにパンツの両方ともなんだかぬるぬるしている。
「あれ? それって……」
ヒトミさんは何か気が付いたようだ。
「もしかして、それ、アレじゃない?」
「アレ?」
「男の子のミルク」
ヒトミさんの言葉に僕は慌てて水着を確認した。
そう言われてみれば、そんな気がしてくる。
「そっ、そんな事って? 僕、そんな事してないですよ」
「じゃあ、彼ってことでしょ……ははん、なるほどね。ふふふ。彼こっそりしちゃったのよ」
「そっ、そんな! 雅樹が僕の水着に出しちゃった? いつの間に?」
そんなタイミングなんてあったかな?
ずっと、一緒にいたし……。
と、思ったけど、一つ閃いた。
「あっ、そう言えば……僕が寝ているときだ!」
きっと、僕の寝ている隙に一人エッチしてた。
間違いない。
「もう! 信じられない!」
僕は、声を荒立てた。
いくらなんでも、ひどすぎる。
「ねぇ、めぐむ。怒らないの。それって、彼がめぐむの格好に興奮したってことでしょ?」
ヒトミさんは僕を諭すように言った。
「えっと……つまり……僕の水着姿、気に入っていたってことですか?」
「そうそう!」
「でも、それなら、ちゃんと口で言ってくれればいいのに! それにコソコソと、ひとりエッチなんてして!」
ヒトミさんは、ふふふと笑いながら言った。
「めぐむ。めぐむだって男の子なんだから、わかるでしょ?」
「何をですか?」
「恥ずかしいのよ。ロリコンだって思われるのが。あぁ、めぐむの場合、ショタってことになるのかな?」
釈然としない気持ちもあったけど、ヒトミさんの言葉には、うなづけるところがある。
確かに、ロリコンってちょっと、恥ずかしい。
それに、僕をナンパしてきた人達と同類ってことなんだ。
それは、雅樹の心情的にちょっと耐えられないに違いない。
ヒトミさんは言葉をつづけた。
「だから、『可愛い』って言われなかったとしても、そのぬるぬるが最高の賛辞なんじゃないかしら」
ヒトミさんは、良かったじゃない、と僕の頭をポンポンと撫でた。
僕は、急に胸が熱くなって来た。
喜びがふつふつと込み上げてくる。
ああ、何でもいいから叫びたい気持ち。
今日のデートでもやもやしていた気持ちは一気に吹き飛んだ。
僕は、家に向かう電車の中で、窓の外に雅樹の顔を思い描いた。
もう、雅樹は素直じゃないんだから。
見ただけで、エッチしたくなるほど、僕の水着姿を気に入ってくれちゃって。
クスっ。
よし、今度のデートの時に問い詰めよう!
雅樹はロリコンで、僕の格好に欲情したんでしょ! って。
雅樹の焦る顔が目に浮かぶ。
ふふふ。
僕は、そんな事を繰り返し考えながら、ずっとニヤニヤしていた。
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