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2-17-1 オープンキャンパス(1)

ここは、いつものショッピングモールのフードコート。 そして、いつものように雅樹と何気ない会話を楽しんでいる。 会話が途切れて、雅樹が尋ねた。 「そういえば、めぐむ。オープンキャンパスどうだった?」 「オープンキャンパス?」 「そう、オープンキャンパス」 「うーん。まぁ、良かったけど、いろいろあってさ……」 そうなのだ。 いろいろあって盛りだくさんだった。 僕は、頭の中を整理しながら、話し始めた。 夏の暑い盛り。 僕は、美映留市内にキャンパスがある、とある大学に足を運んだ。 オープンキャンパスと言って、高校生向けの大学の見学会が催されるからだ。 僕の志望大学ではないけど、大学の雰囲気を肌で感じられる良い機会。 高校の方針としても、夏休みを使って何校か見て回るのを推奨している。 でも、僕は少し憂鬱。 本当は、雅樹と一緒に行く予定だったのに、雅樹に急用ができてしまったのだ。 「じゃあ、僕も行くのやめようかな……」 僕がポツリと(つぶや)くと、 「めぐむは、色々見てきて、後で俺に教えてくれよ!」 と言うものだから、僕は渋々行く事にしたのだ。 大学のキャンパスは、美映留市の東部に位置する樹音(きね)駅から、シャトルバスに乗る。 僕は、バスに揺られながら、でも、せっかく行くんだから、しっかり見てこうよう! と自分を鼓舞した。 とは言え、気が付くと、雅樹のことを考えてしまう。 いまごろ、雅樹は、何しているかな? そうだ! 今日は、雅樹と一緒に大学生になった時のことを想像してすごそう。 予行練習みたいなもの。 うん。 テンションが上がってきた! と、いった具合で現地に向かったのだった。 シャトルバスは、大学前のバス停に到着した。 大学のキャンパスは、郊外にあるだけあって、敷地はかなり広い。 バスを降りると、人の波に乗りながら歩きだす。 正門前に到着して、オープンキャンパスの案内を発見。 僕は、初めて入る大学に胸を躍らす。 「あーあ、絶対に雅樹と来たかったな」 集合場所を確認した。 なるほど、同じ方角へ向かう人達についていけばよさそうだ。 周りを見回すと、見慣れない制服や私服の人が多い。 市内、市外からも多くの高校生が参加しているようだ。 しばらく歩くと、広場が見えてきて、大学生達の姿を多く見かけるようになってきた。 みな、楽しそうに、ワイワイと話しをしている。 高校と違って、自由で解放感に溢れているように見える。 「へぇ、大学ってこんな雰囲気なんだ。いいなぁ」 僕は、うっとりと彼らを眺めた。 そして、さっそく、雅樹と大学に通う妄想を始めた……。 「おはよ、めぐむ!」 「おはよう、雅樹。早いじゃん」 僕は、広場のベンチに寝ころぶ雅樹に話し掛ける。 雅樹は、ベンチの場所を開けて、僕は隣に座った。 「雅樹、1限の授業は?」 「ああ、今日は休講だって」 「そうなんだ。じゃあ、のんびりできるね」 「ああ」 雅樹は、さっそく僕の手を握ってくる。 僕は、恥ずかしがりながらも握り返す。 雅樹は、僕の耳元でささやいた。 「なぁ、めぐむ、おはようのキスしようか?」 「でっ、でも……」 「男同士のカップルなんて、珍しくないだろ? だから平気だって」 そうなのだ。 大学では、男同士のカップルなんてざらにいる。 でも、さすがに人目のあるところで、キスは目立ってしまう。 「いいから、ほら! こっちへ向けよ」 「うっ、うん」 雅樹の強引な要求に、僕は大人しく唇を突き出す。 ああ、雅樹の息使いが聞こえてきそう……。 ドン! 「いたっ!」 「ちょっと、じゃまなんですけど!」 目を開けると、目の前には茶髪の女子がいて、僕に睨みをきかせていた。 スカート丈は思いっきり短く、シャツのボタンを広く開け、リボンはゆるめで結んでいる。 遊んでいる子の定番スタイル。 「すっ、すみません……」 僕は素直に謝った。 さすがに、歩きながらの妄想はよくなかった。 その子は、ふん、とアゴを突き出すと、 「いきましょ! マコトちゃん!」 と、隣の男子の腕を引いた。 「おっ、おう!」 男子の方も、茶髪。そして、長髪。 よく見れば、二人とも、美映留市内の私立高校の一つ、美映留学園の制服。 進学校のはずだけど、こんな不良っぽい人もいるんだ。 僕は、あっけに取られて二人を見送った。 オリエンテーションが開かれる教室についた。 天井が高くて、傾斜が付いた席の並び。 うん。 映画やドラマで出てくる大学っぽい。 「今日は、参加者が多いので、席は詰めてお座りください!」 僕は、端っこの方の席につくと、荷物を横に置いた。 きょろきょろして、教室の様子を眺める。 へぇ、こんな大きな教室で、講義を受けるのか。 僕はさっそく、雅樹と講義を受けるイメージを思い浮かべた……。 僕は雅樹と隣同士で講義を受けている。 でも、人気がない授業なので、席はまばら。 雅樹は、だらっとしている。 半分居眠りをしていて、全然身が入っていない様子。 僕は、雅樹の腕をゆする。 「ねぇ、雅樹、起きてよ。出欠の点呼が始まるよ!」 雅樹は、薄目を開けて言う。 「ふぁーあ。なぁ、めぐむ、代返頼む。くかーっ……すやすや」 「えーっ」 雅樹は、そのまま机に突っ伏してしまった。 もう、しょうがないなぁ。 僕は、咳払いをした。 雅樹のような低い声でるかな? あー、あー。 ちょっと練習。 すぐに教授の点呼が始まった。 ああ、もうすぐ順番だ。 僕は、息を整える。 「高坂!」の声。 ちょっと、ドキっとする。 僕が『高坂』の苗字で、返事するなんて。 いつか、そんな日が来たりするかも。 えへへ。 って、今はそんな場合じゃない。 僕は、ちょうど「はい」と返事をしようとしたとき、力が抜ける感じがした。 お陰で、「ひゃい!」っと変な声を発してしまった。 教授は怪訝そうに、 「どうした? 高坂、風邪か?」 と聞いてくる。 僕は、必死で、 「はい、そうです、ごほっ、ごほっ」 と誤魔化した。 「そっか、気を付けろよ。次……」 ふぅ。 なんとか、切り抜けることができた。 それにしても……。 「雅樹、どうして、僕のペニスをいじっているの!」 僕は、小声で雅樹に言った。 そうなのだ。 さっき机の上に突っ伏していたと思ったら、いつの間にか机の中に潜って、僕のペニスをいじっているのだ。 雅樹は、僕を見上げる。 「ははは。いや、ちょっと意地悪しようと思ってな」 「起きているんだったら、自分で返事してよね! もう!」 雅樹は、そのまま、僕のズボンをベルトを外す。 「ちょっと、雅樹、やめてよ! こんなところで」 「なーに。すぐ済むからさ。はむっ」 いきなり、口に含めフェラを始める。 「あっ、だめだよ。僕の返事の番がきちゃうよ」 「はむっ、れろれろ、だからフェラしているんだ。ふふふ」 「やっ、やめて……雅樹。あっ、あっ、気持ちいい、いきそう……」 その時、教授の点呼の声。 「青山! 青山いないか?」 だめ、ほんとうに、いきそう……。 でも返事しなきゃ! 教授、僕、いっ、いく……。 「ちょっと、どいてもらえる?」 はっ、として声のする方を見た。 先ほどの茶髪の女子が僕の事をガン見していた。 僕は、慌てて、横の荷物をどける。 「どうぞ……」 その女子は、僕にひと睨みすると、傍らの男子に満面の笑みを向けた。 「はい、マコトちゃん、ここどうぞ!」 「おっ、サンキュー!」 「ううん。いいのよ。うふふ」 僕は、小さくため息をついた。 せっかくの雅樹とのキャンパスライフを邪魔された上に、一番関わりたくない人達が横とは……。 ちょうど、担当教授から今日のオープンキャンパスの説明が始まった。 なるほど。 このあと、グループ分けをして、研究室の見学。そのあと、学食で昼食をとって、午後は、サークル・部活動を見て、最後に図書館見学。 うん、うん。 楽しそうだ。 そうなんだけど……。 隣のカップルのおしゃべりが耳に入ってきて、気が散って仕方ない。 いちゃ、いちゃ、ベタ、ベタと、まぁ飽きもせず。 僕だけじゃなく、周りの人達からも白い目を向けられている。 でも、そういう人達に限って、鈍感で無神経。 知ってか知らずか、態度を改める素振りは一切ない。 いや、もしかしたら、気がついていて、わざとそうしているのかも。 どう? 私の彼氏、かっこいいでしょ? 私たちって幸せそうに見えるでしょ?って。 正直、僕と関係のない所でなら思う存分してもらっていいんだけど、僕の妄想の邪魔だけはしてほしくない。 僕のささやかな楽しみなのだから……。 ああ、早くこのカップルから遠ざかりたい。 そう切に願った。 不幸は往々にして続くものだ。 僕は、ため息をつく。 研究室を見学するグループで、そのカップルと一緒になってしまったのだ。 「なんか、古くさい建物だな」 「カビくさーい」 二人は、鼻をつまみ、文句を垂れながら歩く。 僕は、なるべく関わらないようにと、伏し目がちに歩いた。 理工学部の研究室に着いた。 その研究室は、主にロボット工学という分野が専門らしい。 准教授の先生から挨拶があった後、大学生の先輩達とグループディスカッションになった。 僕はさっそく尋ねた。 「あの、どういったところが面白いですか?」 先輩は、真面目そうな表情で答える。 「うーん。そうだな。やっぱり、仮説が正しかったことが証明できた時かな?」 「証明ですか……」 白衣が理知的に見える。 カッコいい。 「そうだな、分かり易く言うと、難しいクイズが解けたとき。どう? 伝わるかな?」 「はい。それなら、楽しいですね」 「ははは。そうだね。でも、解いても、解いても、また、新しい難問が現れるんだけどね」 なるほど。 理系の研究の場合は、謎解きの楽しさがあるのか。 僕は、文系志望だけど、すこし理系の面白さにも触れたような気がした。 雅樹と一緒の研究とかいいかも。 僕は、目を閉じて空想を始めた……。

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