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2-17-3 オープンキャンパス(3)
午後は、部活動、サークル活動見学ということでグランドまでやってきた。
ちょうど、アメフト同好会とチア部が練習をしているところだった。
「へぇ、本格的なんだ」
アメフトというとまさに男のスポーツ。
ガッチリした体格の男達が防具に身を固めてぶつかり合う。
すごいな。
ルールは、よくは分からない。
でも、タックルのアタリの凄さとかは僕でも分かる。
ああ、雅樹だったら結構出来そうだ。
あのボールを投げる人とか。
きっとカッコいいんだろうな。
よし、ちょっと妄想しようかな。
でも、ちっともうまく妄想できる気がしない。
そうなのだ。
きっと、僕があの中に入ったらぺっちゃんこになって死んじゃうから。
ふぅ。
ちらっと、チア部の練習を観察する。
こちらも、本格的だ。
ノースリーブのちょっとへそ出しのトップスに、ミニのプリーツスカート。
ユニフォームはすごく可愛い。
でも、その姿からは想像も出来ないくらいアクロバティックなアクション。
キレのある動きと元気な掛け声。
こっちも容易に真似が出来るような感じはしない。
でも、アメフトに比べれば辛うじていけるかも。
僕は、目を閉じて妄想を始めた……。
「ファイオー、ファイオー!」
僕は、ポンポンを持ってビシッと決めポーズ。
雅樹! 頑張って!
精一杯に満面の笑顔を作った。
一転して控え室。
今日の反省会が始まる。
チームメンバー達が僕を取り囲む。
「ちょっと、青山くん。もうちょっと、しっかりとやってくれない?」
「そうそう、青山はワンテンポ遅れているんだよ」
「あと、キレが足りないから」
みんなのダメ出し。
僕は、しょぼんと小さくなる。
「すみません……これでも精一杯なんです……」
「だいたい、あなたね、高坂先輩のお願いがあったから特別にメンバーに入れてあげたのよ」
「はい……」
そうなのだ。
雅樹の口添えがあって、僕はチア部に入れてもらえた。
「ユニフォームだって、本当は男の子には着てもらいたく無いんだから。もっと、真剣に取り組むんでもらわないと困るわ」
「もしかして、青山くんって女子に興味無いって言ってたけど、本当は私達の体目当て?」
「うわぁ、キモい」
僕は慌てて手を振る。
「ちっ、違います! 僕は決してそんな……」
「じゃあ、何よ? チアのユニフォームを着たかっただけとか? うわぁ、変態!」
僕は、言葉を絞り出す。
「僕は、雅樹を本気で応援したい……だけなんだ」
「『雅樹』ですって? 高坂先輩のこと名前で呼んで図々しい!」
「ほんとうに! 憧れの高坂先輩に下の名前で呼ぶとか、青山のくせに生意気」
「うんうん、高坂先輩は、どうして青山くんのことなんて特別扱いするんだろう」
メンバー達の口調に僕は泣きたくなる。
「だって、雅樹と僕は……」
そこへ、部長でありキャプテンの子が僕をかばうように前にでる。
「ちょっと、あなた達! それぐらいにしておきなさいよ! 青山くんだって同じチームメイトでしょ!」
「キャプテン、でも……」
メンバー達はしぶしぶ引き下がる。
部長は、僕の頬に手を添える。
「さぁ、青山くん。顔を上げて」
「部長。ありがとうございます……」
「ほら、涙を拭いてね。次頑張ればいいから」
差し出されたハンカチが嬉しくて、僕はますます涙がでてくる。
「はい! 部長」
「ところで、その、高坂先輩のことなんだけど……」
「はい?」
「今度、デートしたいんだけど、先輩に取り次いでくれないかな? ほら、青山くんって先輩に目をかけられているでしょ?」
部長の顔が僕の顔のすぐそこまで迫る。
逃がさないぞ。
そう言っているかのようだ。
「そっ、そんな事……」
「あら、嫌とは言わせないわよ、青山くん」
雅樹を誰かに取られるなんて絶対に嫌だ!
ああ、誰か助けて……。
「大丈夫?」
僕は、ハッとして目を覚ます。
汗でびっしょり。
ああ、午前中はいい感じで妄想できていたのに。
やっぱり、体育会系はちょっと無理がある。
体が柔らかいのには多少自信があるけど、運動神経が無いのはどうしようもない。
「君、大丈夫?」
もう一度、声がした。
僕は、ふと見上げる。
えっ?
茶髪に長髪。
さっきのカップルの男子の方だ。
さっそく、因縁をつけに来たに違いない。
僕は、身構える。
「おいおい、そんなに睨むなよ」
両手のひらを僕に向けて言う。
「何か用ですか?」
大丈夫。
何か有ったら叫ぶから。
幸いにもここには同じグループの人達も近くにいる。
「ちょっとな、君に謝ろうと思って」
「へっ?」
「俺さ、君に怒鳴られてちょっとくるものがあったんだ。確かに、君の言う通り不真面目だったって」
神妙な顔つき。
口だけではなさそうだ。
「で、午後からは、真面目に参加したいと思って戻って来た」
僕は、連れの女子がいないのに気がついた。
僕の視線で察したらしい。
「ああ、彼女か? 帰らせたよ。退屈って言うからさ」
えっ? なんか冷たい。
そんな関係だった?
あんなにイチャイチャしていたのに。
まぁ、僕には関係のないことだ。
「いいかな?」
「別に、いいんじゃない。真面目に参加するなら。でも、残りは図書館の見学だけだと思うけど」
「いいさ。あっ、俺、美映留学園の神楽 誠 っていうんだ。よろしく」
僕は、差し出された手をジトッとみる。
なんだか、馴れ馴れしい。
僕は、この神楽と名乗るイチャイチャカップルの片割れには、嫌悪感しかない。
ふぅ。
でも、大人にならないとな。
僕は、しぶしぶ手を握る。
「美映留高校の青山 恵です」
神楽さんは、顔をパッと明るくさせる。
「よろしく! 青山さん」
握った手をブンブンと振る。
調子が狂う。
一体、何を考えているのかサッパリ分からない。
僕は、手を振り切るように放す。
ああ、手を拭きたい。
でも、その気持ちを抑えて、次の見学の図書館へ向かった。
何故か、神楽と名乗った例の男子生徒は、僕の後ろを犬のように付いてくる。
そういえば、さっきも彼女にくっついて回っていたっけ。
主体性のかけらもない。
やだな。
なんだか、気持ち悪い。
図書館に来た。
さすが大学。
高校の図書室なんて比べるべくも無い。
もちろん美映留市の図書館よりも大きい。
僕は、今日一番のテンションで見学ルートを歩く。
冷んやりとした空気と本独特の匂い。
うーん。
どんな本を所蔵しているのか好奇心が疼く。
「それでは、しばらくの間、自由に回ってください」
係の人からのアナウンス。
よし、まずは検索しよう。
僕は、検索端末の前に陣取り、図書検索を始める。
今日の研究室の説明にあったロボット工学関連をキーワードを検索する。
無数の検索結果がはじき出された。
おおー。さすが。
題目もあまり目にしたことがないようなテクニカルタームが並ぶ。
よし、じゃあ、僕の得意なフィクションはどうかな。
推理小説の世界的に有名な大御所の名前を入れる。
ダダッと作品が並ぶ。
僕は、スクロールしながら作品名を確認する。
凄いのは作品に関係する評論や論述等も出てくるところだ。
つまり研究の成果だ。
うわぁ、読んでみたい。
僕が、ウキウキしていると隣で同じように検索をしている神楽さんが僕に問いかけて来た。
「青山さん、これちょっと、教えてよ」
僕は、嫌な顔をして神楽さんを見る。
「操作が難しくてさ」
まぁ、いいや。
ちょっと気分は持ち直したから。
「何を調べたいの?」
「えっと、細菌学と、天文学」
僕は、驚いて神楽さんを見る。
意外。
というか、すごくまとも。
午前中の、やる気の無い感じからのギャップが凄い。
とは思いながらも、僕は平静を装って検索を掛けた。
神楽さんは、結果の表示を見て声を上げた。
「凄いな、こんなに書籍があるのか」
「良かったですね」
僕は、それとなく相槌を打ったつもりだけど、もう僕の言葉は耳に入っていないようだ。
目をキラキラさせて検索結果を調べている。
ふーん。
真面目なところもあるんだ。
僕は、改めて神楽さんの横顔を見る。
へぇ、目じりにほくろがあるんだ。
神楽さんじゃなければ、ぐっときたかもしれない。
でも、そんな些細なことは頭からスッと消えていく。
僕の思考は次の検索の事で頭がいっぱいになっていた。
その後は、自由解散となった。
僕は、図書館を一回りした。
うん。
図書館見学できただけでも、オープンキャンパスに来た価値はあった。
校門を出ようとした所で、誰かに声を掛けられた。
「おーい。青山さん」
神楽さんだ。
僕は、無表情で答える。
「なんでしょうか?」
「あの、今日はいいオープンキャンパスになったよ。青山さんのお陰。ありがとう」
また、僕に握手を求めてくる。
「はぁ、それは良かったですね」
僕は、その手を無視して棒読みで答えた。
神楽さんは、出した手を照れながら引っ込めた。
「それで、俺、ちゃんと勉強して大学目指そうと思ったよ。俺にも行けるかな、大学」
「どうかな。でも、ちゃんと勉強頑張れば行けるんじゃ無い?」
僕は、適当に答える。
でも、神楽さんは想像以上に嬉しかったようで、目を輝かせた。
神楽さんは言った。
「何か、アドバイスくれないか?」
「そうだね」
アドバイスか……。
正直どうでもいい。
神楽さんを改めて見る。
思ったより、悪い人じゃ無いのかも知れない。
そんな気がした。
「まずは、その髪の毛なんとかした方が良いと思うよ」
「おう、そうだな。うん、うん」
神楽さんは、嬉しそうに笑う。
本当に、何を考えているかわからない人だ。
僕は、それから帰路に着いた。
「とまぁ、こんな感じだったよ。雅樹」
雅樹は、途中、途中、相槌をうちながら熱心に聞いていてくれた。
もちろん、妄想の部分は秘密。
美映留学園のカップルの二人についても、話す価値はないと踏んでとくに触れないでおいた。
「そっか、研究室に図書館かぁ。なかなか実りのあるオープンキャンパスだったんだな」
「うん」
雅樹は、僕を見つめてクスクス笑う。
「雅樹、何がおかしいの?」
「いや、きっとめぐむは、またいやらしい想像していたんだろうなって思って。そうしたら、おかしくなっちゃって」
「うぐ! そっ、そんな事をあるわけないよ!」
もう!
雅樹は、変に鋭いんだから。
思わずムキになっちゃう。
雅樹は、追い打ちをかける。
「研究室の見学の時はさ、エッチな研究をする想像をしたんじゃない? いや、絶対にしたと思うな」
雅樹は、僕の顔をのぞき見る。
僕は、目をそらす。
動揺を隠しきれない。
「そっ、それはないから!」
「へぇ」
雅樹の疑いの目付き。
「もう! 雅樹は、変な勘ぐりしないの!」
僕は、ぷぅっと膨れっつらをして睨む。
雅樹は、ぼそっと言った。
「でも、大学生になったら、もっと自然にイチャイチャできるかもな……」
「そう! それ! 僕もそう思って色々考えちゃったよ!」
「ははは。やっぱり! 色々いやらしい事考えたんじゃない? まあ、それでこそ、めぐむだな。あははは」
はっ、しまった!
僕は、慌てて口を手で押さえる。
そして、大笑いする雅樹を恨めしく思っていた。
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