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2-18-1 花火大会(1)

あっ、これは夢だ。 ふわふわする感じ。 僕は、すぐに、いま夢をみてると自覚した。 雅樹と手を繋いでいる。 雅樹の微笑み。 僕も微笑みを返す。 いつもの甘い時間。 突如、目の前に女の人が現れる。 着物、いや、浴衣だろうか。 綺麗で可憐な衣装。 雅樹は僕の手を離すと、その女の人に向かって歩き出す。 雅樹の瞳にはもう僕の姿は映っていない。 「どうして、雅樹。僕はこっちだよ」 いつの間にか、その女の人と手を繋いでいる。恋人繋ぎ。 「雅樹、雅樹!」 僕は声を出して呼ぶ。 でも、まったく気が付かない。 その女の人は、僕に気が付き、一瞥する。そしてにっこりと微笑む。 軽く会釈をすると、そのまま雅樹を連れて先に歩いていく。 「雅樹を連れていかないで!」 僕は大声で叫んだけど、二人はそのまま去っていった……。 僕はそこで目が覚めた。 はぁ、はぁ。 夢と分かっていたのに、心臓がドキドキしている。 「それにしても……」 雅樹を連れ去る浴衣の女性。 気になる……。 今日は、雅樹と花火大会へ行く約束をしていた。 お昼過ぎ、僕はアキさんのお店に向かう。 お店に着くと、珍しくアキさんが来ていた。 「めぐむ、久しぶり。変わりない?」 「はい、元気です。アキさん。あ、でも……」 僕は、今日見た夢のことを、すこし話した。 「へぇ、それは何かの暗示かしら。ライバル出現とか?」 「えっ、そんなこと言わないでくださいよ、アキさん」 「でも、浴衣っていうのはずいぶんタイムリーね」 「そうなんです。今日は花火大会ですし」 「あぁ、そうそう、花火大会には彼と行くの?」 「はい」 「相変わらずラブラブでいいわね。あ、そうだ。それなら、浴衣で行きなさいよ? 彼喜ぶわよ」 「でも、浴衣って目立ちますよね。僕、そういうのは……」 「何言ってるの。花火の会場にいったら浴衣だらけよ。逆に溶け込めるって」 「そうですか。でも、僕、浴衣はもってないです……」 「平気、平気、お店のを貸し出せるのがあるし、着付けも私ができるから」 アキさんの顔がパッと明るくなる。 アキさんは僕の世話を焼くのが本当に楽しいようだ。 僕は本当に恵まれている。 「それに、万一、その夢の女性に鉢合わせしても、めぐむも浴衣なら対抗できるでしょ」 「もう! アキさん、怖いこと言わないで!」 「冗談、冗談。うふふ」 ということで、急遽(きゅうきょ)、浴衣で行くこととなった。 ただし、それでも脳裏には一抹の不安が消えないでいた。 花火大会の会場は、いつものショッピングモールからほど近い。 国道を越えたところに流れる豊門川(とよかどがわ)沿い。 雅樹との待ち合わせはショッピングモールのフードコート。 僕が到着すると雅樹は先に待っていた。 「おぉ、浴衣か。驚いたな」 「どうかな?」 白をベースにピンクと水色の花がちりばめられている。 帯は濃いめのピンクで、ぎゅっと引き締まる印象。 鏡を見たとき、可愛いけど目立ちすぎなのでは、と心配になった。 だけど、ショッピングモールに来てみれば、なんのことはない。 ここに来る道中も浴衣の人は多く見かけたし、フードコート内にも浴衣の女性で溢れかえっていた。 アキさんの言う通りだ。 ひと安心。 雅樹は、僕の姿を全身じっと見つめていった。 「可愛いよ。めぐむは、和装もよく似合うな」 「ありがとう。周りも、浴衣の人多いから、あまり目立たないかなぁと思って」 「いや、ひときわ可愛いから、めちゃ目立っているぞ!」 さりげなく褒めてくれる。 うれしくて、恥ずかしくて、顔が赤くなるのが分かる。 「そんなにうつむくなよ。めぐむ。にっこり笑ってよ。もっと可愛くなるから!」 「もう。あまり褒めないでよ。恥ずかしいから」 僕は微笑む。 雅樹は、うんうん、と頷いている。 この人の多さの中だ。 雅樹が言うほど目立つことはないだろう。 たとえ知り合いに鉢合わせしたってきっと大丈夫。 そんな僕の懸念を察してか雅樹は尋ねてきた。 「めぐむ、心配? 誰がに会うのが?」 「うん。僕だとはばれないと思ってはいるんだけど。きっとうちの高校の生徒もたくさん来るよね」 「ああ。でも、暗くなれば大丈夫さ」 「そうか、そうだよね。うん」 国道を越えると、豊門川が見えてくる。 この辺では一番大きい川だけあって、河原も広い。 近くに小高い山があって、そこには美映留神社がある。 例年、参道にはたくさんの屋台が軒を連ねて、とても賑やかだ。 僕と雅樹は、神社の参道を通り、屋台を眺めながら歩く。 カラン、カランと下駄の音。 屋台からの美味しそうな匂いと、遠くから聞こえるお囃子のような音色。 薄暗くなった景色に、提灯やライトの光が眩く光る。 辺りはすっかり、お祭りの熱気と楽しい雰囲気に包まれている。 「めぐむ。やばい、いまめっちゃテンションが上がってる!」 「僕もだよ。雅樹!」 雅樹の手をぎゅっと握ると、ぎゅっと握り返してくれる。 「めぐむ、どうしようか? 神社にいくか?」 花火は河川の上に上がるから、神社から見ると真正面に見ることができる。 「どうしよう。でも、混んでそうだよね。上は」 「じゃあ、川の方へ行こうか。あっちならそんなに混んでないと思う」 「うん。そうしよう」 僕と雅樹は、川沿いを手を繋いで歩き、場所を探した。 雅樹は気がせいているのか、僕の手をグイグイ引っ張る。 「雅樹、ゆっくり歩いてよ。下駄で歩きずらいんだから!」 「ごめん」 「歩けなくなったら、おぶってよね!」 僕は冗談でいう。 でも、雅樹は真面目に返してきた。 「いいよ。抱っこでもいいよ。お姫様だっこ」 「ふふふ。さすがにそれは恥ずかしい。でも、ありがとう」 日はすっかり落ちた。 川沿いも出店が連なりとってもにぎやかだ。 見学スペースはというと、神社の参道から近いところは、だいたい埋まっている。 僕と雅樹はキョロキョロしながら、いい場所はないか探した。 「もう、すこし離れないとダメみたいだね。足、痛くない?」 「うん。平気」 あぁ、そうだ。 ふと、例の夢の事を思い出した。 「ねぇ、雅樹。昨日見た夢なんだけど……」 僕は、浴衣の女性の話をした。 雅樹は、うーん、と考え込んでいる。 「へぇ、俺がその浴衣美人にね……」 「雅樹の周りに浴衣の似合う人いる?」 「まったく心当たりないな」 僕が知る限り、雅樹の周りにいる女の人といったら、雅樹に告白をしたという1年生の子、あとは中学時代に付き合っていた子。そのくらい。 その二人が今更、僕の前にライバルとして立ちふさがるというのは考えにくい。 だから、僕が知らない誰かの可能性が高い。 でも、雅樹に思い当たる人がいないのなら、やっぱりただの思い過ごしかも。 「めぐむ、あんまり気にすることないよ。ほら、幸せ過ぎて怖い、みたいな感じじゃないのか?」 「そうなのかな?」 「現実の幸せな分を、夢で不幸にしてバランスをとるみたいな」 「なるほど、なるほど。そうかもね」 「そもそも、俺が、めぐむ以外の人に付いていくなんて考えられないよ。ははは」 たぶん、そうなんだ。 神経質になり過ぎている。 きっとそうだ。 僕は気を取り直して、今日の花火大会のことを考える事にした。 二人で見る花火。 どんなだろう? 僕は夢のことは頭から振り払い、場所探しに集中することにした。

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