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2-19-2 夏休みの宿題(2)
僕は、英単語をぶつぶつ言う雅樹を眺めながら、今の問題をもう一度整理していた。
そっか。
確かに、ヒントは出てた。
悔しい。
でも、とても面白いクイズだったのは間違いない。
僕の中で何かのスイッチが入った。
またクイズをやりたい。
次は正確したい。
そんな気分になっていた。
僕は、うずうずする気持ちを抑えきれず、言った。
「ねぇ、雅樹。お願いがあるんだけど」
「ん? どうした?」
雅樹は、ノートを写す手を止める。
「もう一回、クイズ出してよ!」
「えっ? やだよ」
「そんなぁ、お願い!」
僕は、両手を合わせて雅樹を拝む。
雅樹は、泣きそうな顔で言った。
「だって、めぐむだってわかるだろ? このペースだと、絶対に間に合わないって!」
雅樹は、テーブルに置かれたテキストとプリントの山を指差した。
でも、僕も引き下がらない。
「そこをなんとか! だって、悔しいんだもん!」
僕は、この通り! と頭を下げた。
雅樹は、黙って僕の姿を見ていたが、諦めてため息をついた。
「しょうがないなぁ」
「やった!」
雅樹は、話し始めた。
※ここから雅樹が出す問題になります。皆さんも考えてみてください。
或る国の王様に、可愛い赤ちゃんが生まれました。
王様は、赤ちゃんの微笑みを見て、これは美しくなるに違いないと大喜びしました。
そして、大事に大事に、何不自由なく育てられました。
すくすくと育ち、年頃になると、それは美しいと国中の評判になりました。
そこへ突然、凶暴なドラゴンが現れ、その子をさらっていってしまったのです。
美しいとの噂を聞きつけ、結婚相手にしようとしたためです。
その子は高い塔へ閉じ込められて、毎日泣いて過ごしているとの噂が国中に広まりました。
そこで、王様は、『わが子を救ってくれた者と結婚させる』と御触れをだしたのです。
そこへ、3人の勇者が現れました。
一人は、砂漠の国の王子。お金持ちで、沢山の財宝を持っています。
もう一人は、海の国の王子。力が強くて、凄くたくましいです。
最後の一人は、草原の国の王子。優しくて、包容力があります。
3人は、力を合わせてドラゴンを見事に打ち滅ぼしました。
王様は喜び、わが子に、結婚相手を選ぶように言いつけました。
すると、「私は、どの王子様とも結婚できません」と答えたのです。
王様は、なぜか? と問いただしました。
そこまで話して、雅樹は、人差し指を立てた。
「その子は、なぜ、結婚はできないと答えたのでしょうか?」
※ 問題はここまでです。以降、回答編になります。
今度は、集中して聞いていた。
だから、キーワードは頭に残っている。
「へぇ。今度は、3人の王子か」
「そうそう。わかったら声かけてね」
雅樹は、そう言うと再び宿題に目を向けた。
さっきの問題は、王様が女王だったという引っ掛けだった。
きっと今回もそんな引っ掛けがあるに違いない。
ヒントをもらうのはしゃくだけど、さり気なく尋ねる。
「うーん。また引っかけ問題なのかなぁ……」
雅樹が顔を上げた。
「引っかけって……まぁ、普通かな」
雅樹の表情からは意地悪をしているような気配は伝わって来ない。
僕は、最初に思いついた事を口に出した。
「ふーん。じゃあ、まずは、実は姫はドラゴンを好きになってしまった。どう?」
雅樹は、驚いた顔をした。
「おー。それ、いいね。ロマンチックだな。めぐむは」
「えへへ。って、違うってこと?」
雅樹は、シャーペンを片手に話し出す。
「まぁ、模範解答とは違うけど、俺は結構すきだな。泣いていたけど、だんだん好きになっちゃうとか。それで、助けに来た王子は恋人の仇で復讐を誓う! なんて。これは面白い!」
「えーっ。でも、結局、違うってことなんでしょ?」
「まぁな」
違っていたけど、雅樹を唸らせた。
いいセンいっていたって事だ。
幸先がいい。
「えっと、王子達の特徴は、お金持ちにたくましさ、そして優しさか。普通、自分を救ってくれた勇者だったら惚れちゃうよね」
「どうかな? ははは」
あれ、何か引っかかるな。
「ちょっと待って。王子を『選べません』じゃなくて、『結婚できません』って言った?」
「言った」
「これは、もしかして、分かったかも!」
僕は、頭に引っ掛かったもののシッポを掴んだ気がした。
「さすが、めぐむ! もう分かったか」
「はっはっは、その通りだよ! 雅樹君! 二度も同じ手に引っかからないのだよ、私は!」
僕は、片目を閉じて、人差し指を突き出した。
「よっ! 名探偵めぐむ!」
雅樹は、合いの手を入れる。
僕は、ズバッと言った。
「姫じゃなくて、王子だったんじゃない? その美しいわが子って!」
「おーっ。それで?」
うしし。
雅樹は、驚いているな。
正解を引き当てたっぽい。
僕は、推理の解説を始める。
「つまり、ドラゴンはメスだね。美しい王子と結婚したかった。うん。それで、助けに来てくれたのは王子だから、これじゃ、結婚できないね、ってなった」
「うんうん」
雅樹は、感心して頷く。
「すべてはお見通しなのだよ! 雅樹君! ビシッ!」
僕は、改めてポーズを決めた。
「ははは。さすが、めぐむだな」
「正解?」
「不正解」
へっ?
僕は、雅樹の言葉に耳を疑う。
「どっ、どうして!」
「だって、男同士で結婚できないなんて言ってないよ」
「えっ? 男同士でも結婚できるの?」
「できるよ」
雅樹は、平然と答えた。
僕の頭の中で組み立てた前提が、ガラガラと崩れ落ちる。
「できるって……変じゃない? いや、変じゃないか。でも、そうだとして、どうして結婚できないの?」
僕は、混乱して、しどろもどろになって尋ねた。
雅樹は、嬉しそうに笑った。
「ははは。それが問題なんだけど。まぁ、いいや。ヒントは、普通に結婚できない理由を考えればいいんだよ」
「普通に、結婚できない理由?」
僕は復唱する。
雅樹は、そうだなぁ、と頭をかく。
「うん。例えば、めぐむならどう?」
「結婚したくない理由でしょ? うーん。相手が好みじゃなかったとか」
「正解!」
「へっ?」
「そうなんだよ、この問題の味噌は、姫でも王子でもどっちでもいいんだ。助けに来た3人の勇者と結婚したいかどうかってこと。きっと、めぐむが答えたように、『好みじゃないから結婚したくない』って言ったんだと思うよ」
「そんな答えなの? なんか、釈然としないけど……」
雅樹が言っているの事がいまいち飲み込めない。
雅樹は、話を続ける。
「ほら、『大事に大事に何不自由なく』育てられたってことだから、お金も優しさもたくましさも満足しているんだよ。もちろん、困ったら助けてもらうなんて当たり前。逆に、つれなくされるとか、頼りないとか、そういった所に惚れたりするんじゃない?」
「なるほどね。自分に足りてない所に惹かれるってことね」
「そうそう。だから、最初のめぐむのドラゴンを好きになるって答え、いいなぁ、と思ったんだよ。強引に自分を連れ去るって、結構ぐっとくるんじゃないかな」
「雅樹も、意外とロマンチックなんだね。ふふふ」
僕は、そんな事より、男同士でも結婚できるって世界設定が気に入って、胸のわくわくが止まらない。
ああ、なんていう、優しくて温かい世界観なんだろう。
僕と雅樹もそんな世界の住人だったらよかったのに……。
そんな世界を想像しながら、考えを巡らせるなんて、ああ、素敵すぎる。
僕は、興奮しながら、雅樹にねだった。
「ねぇ、雅樹、もっと出してよ! クイズ!」
「えっ、ちょっと勘弁してよ。ほら、もうこんな時間だよ」
雅樹は、壁掛け時計を指差した。
でも、そんなのは関係ない。
この興奮は、しばらくは治りそうもない。
「ねぇ、いいじゃん! クイズ出してくれないと、もう宿題見せてあげないよ!」
「げっ。それは、ないよー。意地悪だな。めぐむは」
雅樹は、泣きそうな顔になった。
僕は、強引に雅樹を急かす。
「はい。次! どうぞ!」
「じゃあ、もう一つだけだぞ!」
「うん!」
「ある王様に、双子の世継ぎがいました」
雅樹が言った途端、僕はすぐさま質問を投げかける。
「はい! はい! 質問! 双子は男の子ですか? 女の子ですか? あと、王様は男ですか?」
雅樹は、面食らったようだ。
「ははは。めぐむ、それを答えたらクイズにならないじゃないか……」
「そうだったね。ふふふ。つい、興奮しちゃってさ。あはは」
僕は、頭を掻きながら舌を出して笑った。
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