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2-20-1 ジュンの恋煩い(1)

最近、ジュンの様子がおかしい。 いや、おかしいような気がする。 まず、すこし無口になった。 お昼を一緒に食べるときも、無言で、僕の話を聞いては、「うん」とか「ううん」とか言うだけ。 反応が悪い。 次に、熱っぽいのか、いつも頬が赤い。 一度、熱があるのか心配しておでこを触らせてもらったけど、熱が出ているのではなさそう。 そして、どうも、僕を避けているような節がある。 僕がじっと見ていると、あからさまに目を逸らす。 僕は、ジュンに嫌われるようなことをしたのか謝ると、「そんなことはない!」と否定する。 そんな日が数日続いていたある日。 「ジュン、早く着替えなよ、先に体育館いっているよ!」 「わかった」 ジュンはそう言ったけど、動きが鈍い。 僕は、体操服に着替えると、教室を出た。 体育の時は、2クラス合同で行う。 着替えは、男女がそれぞれ片方のクラスに集まって行うことになっている。 「今日も、ジュンはボーっとしているみたい。やっぱり、体調が悪いのかな?」 僕は独り言を言って、後ろを振り返る。 まだ、ジュンは教室から出てきてないようだ。 ふぅ。 僕は溜息をつくと、もう一度、ジュンを見に教室へ戻った。 体育の授業は、マット運動を中心とした器械体操だ。 「器械体操だって、やだね」 僕はジュンに言う。 ジュンは、「うん」と心ここにあらずで答えた。 僕もジュンも器械体操は苦手だ。 いや、逆に得意な種目があるわけではない。 器械体操はとりわけ苦手な部類ってだけだ。 まずは、準備体操を行う。 僕とジュンはペアになって、屈伸運動をしたり、関節を伸ばしたりした。 僕は身体の柔らかさだけなら自信があるけど、ジュンは身体が相当硬い。 「ジュン、背中押してあげるよ」 頷くジュンの背中を、ぐい、ぐいっと押す。 「痛かったら言って」 僕は背中に寄りかかるように少しづつ押してあげる。 「あっ、痛い!」 「ごめん。ごめん。でも、だいぶ曲がるようになったんじゃないかな」 ジュンは、照れながら小さな声で「ありがとう」と言った。 授業では、前転、後転、倒立と、順に行っていく。 雅樹と森田君を見ると、バク転だの前宙だの競い合ってやっている。 それで周りの人たちを沸かしている。 雅樹もすごいけど、森田君も負けじとすごい。 「あの二人は、すごいね!」 僕は、感心して見る。 「さぁ、僕達は倒立だね。がんばろう!」 ジュンは、マットに手をつき、足を上げた。 僕はそれを支えてあげる。 「いいよ! ジュン。もう少し」 その時、肘が折れて、崩れそうになった。 僕はスッと、体を入れて抱きかかえてあげた。 「大丈夫? ジュン」 ジュンは、こくりと頷き、顔を赤らめた。 「どんまい、どんまい。次は、僕のを支えてよ!」 授業が終わると、僕とジュンはペアになってマットの片付けを行った。 「結構、重いね」 「うん」 二人協力して、運ぶ。 腕が痛い。 先行してマットを持つジュンに声をかけた。 「ジュン、一旦下ろして、扉を開けよう」 「わかった」 ジュンが体育準備室の扉を開こうとしたとき、声を上げた。 「いたっ!」 ジュンは手が滑ってしまい、扉の縁で指を切ってしまったのだ。 きっとボォっとしてたのだろう。 「大丈夫?」 僕は、とっさに血が出た指を舐め、ポケットからハンカチを出して巻いた。 これは、保健室にいったほうがよさそうだ。 先生に声を掛け、僕とジュンは保健室に向かった。 僕とジュンは保健室の扉を叩く。 「どうぞ」 奥から山城先生の声が聞こえた。 「失礼します!」 僕とジュンは保健室に入った。 「やぁ、青山に相沢だな。どうした?」 「先生、それが……」 僕は、山城先生へジュンがケガをしてしまった経緯を説明した。 ジュンはおとなしくしゅんとしている。 確かに、ジュンの様子はおかしいな。 ジュンは日ごろから、「片桐先生がいなかったら、山城先生を好きになってたな」ともらしている。 それで、保健室に来るといつもハイテンションになるのだ。 なのに今日は、全く元気がない。 「どれ、相沢。見せてみろ」 山城先生にそう言われると、ジュンはしおらしく手をだした。 「なるほどな……」 山城先生は、ジュンの手を握りながら優しく触る。 ジュンの表情を見た。 無表情だ。 やっぱりだ。 いつもなら、恥ずかしがって顔を赤らめるはず。 ジュンは、そのまま指にバンソウコウを貼ってもらった。 「あまり、手を使わないようにな。お大事に」 僕とジュンは山城先生へお礼をいって、外に向かった。 「あ、ジュン、先にいってて。ちょっと忘れ物」 僕は、山城先生のところに戻り、尋ねた。 「先生、ジュンの様子が最近おかしいんです」 「相沢のことか? そうだな。今日は、ずいぶんおとなしかったな……」 「なんか、最近、無口なんです。あと、突然、頬が赤くなったり。あと、よくボーっとしてます」 「ははーん。それは、あれだな」 「あれって、なんでしょうか?」 「草津の湯でも治らないやつだな」 「恋?」 「そう。間違いないな。誰かのことを思ってるんじゃないのかな。相沢は」 なるほど。 片桐先生と何かあったのかもしれない。 僕が考えを巡らしていると、山城先生が言った。 「それはそうと、青山。お前は何か困ったことはないか?」 「えっ? 僕ですか?」 「そうそう」 「特にないです」 「それはよかった。何かあれば、なんでも言えよ。力になるから」 「ありがとうございます」 僕は、お辞儀を行って外に出た。 山城先生はよく僕を気にかけてくれる。 もしかしたら、僕と雅樹の関係を相談する日が来るかもしれない。 ふとそんな予感がした。

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