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2-21 ある事件
夏休みが過ぎたある日。
僕は昇降口で靴を履き替えていた。
どこともなく、上級生の男子生徒がやってくると、僕に声をかけてきた。
「ちょっと話があるんだけど、放課後、裏門まで来てくれないかな?」
僕は、あまりにも突然な話に、どう言葉を返してよいのか困っていると、その上級生は「それじゃあ」と言って立ち去ってしまった。
あぁ。
その場で、どんな内容の話か、聞いておけばよかった。
上級生が僕に用事なんて、何だろう?
見当もつかない。
だけど、嫌な予感がして気が進まない。
僕は一日中、不安な気持ちを抱えたまま授業を受けた。
放課後。
約束の場所にいくと、上級生はそこにいた。
上級生は、僕に気が付くと、校舎の影の方へ手招きをする。
そこは、そう、告白の定番スポットだ。
ますます、嫌な予感がしてくる。
先に歩く上級生に、僕は堪りかねて尋ねた。
「どんな用事ですか?」
上級生は立ちどまり振り返る。
やれやれ、という仕草をすると、踵を返し、僕に近づく。
「俺の名前は、豪間 っていうんだけど」
後で知ったのだけど、3年生の豪間 亮 という名前らしい。
豪間先輩は、僕との距離を詰める。
そして、間近に迫って言った。
「俺は、君のことを気に入っているんだ。俺と付き合ってくれないか?」
豪間先輩は、一見、真面目そうで文化部特有の優しい感じの振る舞い。
体型は標準で、雅樹より背は低い。
でも、身なりはきちっとして、清潔感はある。
顔も整っているて、人によってはハンサムに映るかもしれない。
でも、僕を見る目は、獲物を狩る肉食獣の目、そのもの。
なにか、奥底にギラギラとしたものを感じる。
僕は、ゾクっとするような恐怖を感じた。
勇気を振り絞って質問する。
「付き合うってどうゆう意味ですか?」
豪間先輩は答えた。
「言葉のとおり。恋人になってほしいって意味」
「僕は男ですよ」
「うん。その上で付き合ってほしい」
僕は、ためらいもなく、「お断りします」と言おうとした。
豪間先輩は、それを遮る。
「いや、返事はすぐじゃなくていい。一週間後、またここで返事を聞かせて」
「あ、あの」
「それじゃあ」
豪間先輩はそう言って去って行った。
僕は、その場で立ち尽くした。
ふぅ。
溜息をつく。
またしても、言いそびれてしまった。
自分の足をみると、膝がぶるぶると震えていた。
そう、断ると、なにをされるかわからない。
そんな恐怖を感じていた。
僕は、雅樹とのデートの時、まっさきにこのことを打ち明けた。
「ねぇ。雅樹。ちょっと報告と相談したいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「報告はね、上級生に告白された」
「えっ!」
雅樹は声を上げる。
それから、腕を組みをすると、「そっか」とか「うんうん」とか独り言を言っては何やら頷いている。
雅樹は、何か納得したように話し出す。
「めぐむはさ、可愛らしくみえるからな。年下の男の子が好きなお姉さんから見れば魅力的だよな」
「ううん。違う。女子じゃなくて男子」
「え? 男の上級生から告白されたの?」
「うん」
雅樹は黙り込んでしまった。
僕は、沈黙を破る。
「もちろん、断ろうと思うんだけど。で、相談なんだけど……」
雅樹が僕の顔を見る。
「どう言って断ればいいかな? なんか、怖そうな人なんだ」
「なんて名前?」
雅樹が尋ねる。
「豪間って名乗った」
「知らないな。どこの部活だろう」
雅樹は考え込んだ。
「そうだな。オーソドックスに、ごめんなさい。でいいんじゃないか?」
きっと、それが一番いい。
僕もそう思っている。
でも、不安なんだ。
断ったら、何かされるのではないかと。
雅樹は、僕の不安を感じ取ったのだろう、
「俺が一緒にいってやろうか?」
と、提案してくれた。
「いいよ。さすがにそこまではいらない。それに、雅樹が付いてきたら、それこそ仲を疑われちゃうよ」
本当は、一緒に来てほしい。
でも、これは僕がしっかりと言わなくてはいけない。
「雅樹、気持ちだけありがと」
僕は、雅樹に礼を言った。
雅樹は、言った。
「何かされそうになったら、声を挙げて走って逃げればいいよ。裏門のそばだっけ? 人通りあるから」
「そうだね。うん。そうするよ」
雅樹に相談してよかった。
気がまぎれた。
そうだ。
普通に断ればいいだけだ。
そして、約束の一週間が過ぎた。
僕は、約束の場所に行った。
豪間先輩は待ち構えていた。
「どう? 考えてくれた? 答えを聞こうか」
「ごめんなさい」
僕は頭を下げた。
「そっか。なるほど。じゃあ、しょうがないね」
豪間先輩は、頭をあげてよ、と言った。
ずいぶんあっさりとしている。
僕が頭をあげると、豪間先輩は一枚の写真を僕に見せた。
そこの写っていた人物とは……。
あぁ、まさか。
女装姿の僕……。
目の前が真っ白になった。
いつの間に、撮られたのだろうか。
震える手を差し伸べて写真を見る。
アキさんのお店の近く?
「これも、君だろ?」
豪間先輩は、もう一枚、写真を僕に手渡した。
そこに写っていたのは……。
ああ、なんて事だ。
雅樹……。
僕と仲良く手を繋いで、楽しそうに微笑んでいる。
どこだろう? ショッピングモールの近くかもしれない。
あぁ、あれだけ気を付けたつもりだったのに……。
どうして……。
僕は放心状態になった。
豪間先輩は構わずに続けた。
「で、相談なんだけど。別に付き合ってくれなくてもいいんだけどさ」
豪間先輩は舌なめずりをする。
「たまにデートしてほしいんだよ。女装で」
僕は、精いっぱいの声で答える。
「そんなことできません!」
「ねぇ、でもこれさ、学校にばら撒くと、君もこの隣の彼も、学校にいづらくなるんじゃないかな?」
さっと血の気が引いていく。
これは脅迫だ。
喉から言葉が出てこない……。
あぁ、どうしたらいいのだろう……。
豪間先輩は、立ち尽くす僕を見かねて言った。
「また、一週間後。よく考えてきてよ」
そして、その場を立ち去って行った。
僕は、ふらりふらりと、家路についた。
どうしようか、雅樹に相談すべきか?
元はと言えば、僕が雅樹と手を繋ぎたい、というわがままで始めた女装だ。
だから、僕が学校にいづらくなるのはしようがないとしても、雅樹を巻き込むことだけは絶対に嫌だ。
雅樹に相談すれば、自分も大丈夫といって、受け入れてしまうだろう。
やっぱり、雅樹には相談できない。
あの豪間先輩が考えていること。
わざわざ女装を、指名してくるなんて。
なにかいやらしいことを、企んでいるに違いない。
僕がずっと感じていた恐怖はそれだ。
でも、僕さえ我慢すれば、耐えきれれば、この困難は乗り切れる。
雅樹に迷惑を掛けずに済ませられる。
よし、豪間先輩の要求を受け入れよう。
僕は決心した。
あぁ、でも……。
その前に、雅樹に思いっきり甘えたい。
今後どんなに辛い目にあっても我慢できる、拠り所になる雅樹との思い出が欲しい。
僕は、カレンダーを見ながら、雅樹へどうお願いするか考えていた。
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